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みなさまのお作品♬



新年号「令和」に決定いたしまして
気持ちも新たに
今日は清々しい4月1日を迎えることができました。

日本文化を大切にするとともに
日本文化とは何であったかを
一人一人が心から求め
伝えていく時代でありたいと願います♬

さてさて
すっかりご無沙汰しておりました「みなさまのお作品」のご紹介でございます!

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いつも丁寧にお仕事されるTさま
大切にしている木のお人形♬
背景を一工夫
優しい緑色をグレートーンで包みました。
お花も派手過ぎず
お人形が映えます♬
色々な塗り方を体得されて
表現の幅が広がりました!
素晴らしい(#^^#)

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おつぎ、Oさま
いつもお気に入りの山野草を描いていらっしゃいます♬
今回は、鮮やかなオレンジ色と背景のグレーがとても良い感じで
微妙なグラデーションも効いています♬
大変お品のよい仕上がりになっております!
葉っぱのたらし込みの緑、蕾の黄緑、背景の緑がかったグレー
それぞれの緑をしっかり使い分けて
とても繊細なお色味です( *´艸`)
Oさまだんだん極まってきましたね~!
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お次はTさま
熱心なカトリックのTさま
描くものもなんとなく
ヨーロピアンでおしゃれです♪
今回は白い蘭に白い花瓶、色味を押さえてシックにまとめてあります。
大変センスのよいTさま。
落ち着いたお人柄がお作品にも出ております。
素敵な額にあわせたいですね!!!
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お次は大変達者なIさま
お習字もお上手でいつも作品に勢いがあります。
漆塗りの立ち雛に桃の花です♪
お顔の表情が可愛らしい!
お花の入れ方が面白い!
箔もとても良い感じで入りました。
おしゃれな額に入れてくださいね!!!

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お次はNさま
器ものがお上手になりました。
陶器の白い部分は胡粉
青いところは錆群青や藍群青など重ねながら
慎重に制作できました。

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遠目に見ると写真みたいにリアルですね~
近くで見ても素敵!
お見事!

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お次はSさま♬
竹林を背景に
ひっそりと山あいにある藪椿、可愛いですね!
臨場感があります。
椿の赤は日本画の絵の具では難しい。
実際は岩緋よりも赤いけれど
水干の赤では赤すぎるし
いくつもの絵の具を駆使して
椿の赤を出してくださいました。
ところどころ
日に反射している部分がお上手です。
葉っぱの奥の方を思い切って暗くしているのも効果を上げています!
素晴らしい♬

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模写を中心に頑張っておられるUさま
淡い絵の具を薄く重ねる技法、上手くいきましたね。
厚塗りからはじめられて
最近、薄く塗ることもお上手になりました。
次回はお城に挑戦ですね。
どんなお作品になるかまた楽しみにしております!

みなさま本当に一生懸命で
どんどん
お上手になられます♬
日本画はなかなか難しい材料ですが
自分の描きたいイメージをしっかり持って
地道に挑戦されるのがよいと思います。
こういう描き方でないと、という決まりはありません。
自分だけの技法、表現方法を見つけられるように
積極的に挑戦していただきたいと思います。





# by akikomoriya | 2019-04-01 23:41 | SBS学苑 日本画教室

ジャポニスムふたたび 46話

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ジャポニスムふたたび 静岡新聞本日朝刊です♪
  
聡明な判断で守られた文化      日本画家 森谷明子

 飛鳥時代とはまさに激動の時代であった。...
明治を急速な「欧化」とするならば、飛鳥は急速な「唐化」といっていいだろう。
 その飛鳥人の聡明さとは、急がれる国際化の対応のみに溺れることなく、決して手放してはいけない日本古来の文化を、しっかりと見極め、意識的に継承させたことにある。
 たとえば都の造営は唐に倣って碁盤の目に整備し、寺院も唐の建築様式を取り入れた重厚な瓦屋根をもちいる一方で、日本古来の神を祀る神社は、日本の古代様式を継承し、千木鰹木、萱葺きとした。当時の最新式の建築様式で神社が建てられていたならば、現在の伊勢神宮は法隆寺のような建造物であったかもしれない。
 歴史書も、日本の歴史を漢文で記した外国向け公文書としての日本書記と、古い時代からの口伝を苦心して文字化した古事記がある。日本語の文字表記を漢文に依存したままだったら、現代の日本語は今のようではなかっただろう。
 また、漢詩が流行する一方で、万葉集の編纂を行い、身分の貴賤を問わず、全国津々浦々の老若男女の歌謡が収集された。万葉集が編まれなかったら、日本の和歌の文化は途絶えていたかもしれない。
 怒涛のように押し寄せる外来文化の中で、いやおうなしに色褪せてゆく自国の文化を、飛鳥人は聡明な判断と努力をもって継承させている。後に来る平安の御代の国風文化は、飛鳥の礎の上に開いた花であった。
 現代から見れば「古代」に分類される時代において、すでに古きを守り継承させるための取り組みが積極的に行われていたことは興味深い。
明治以降、欧化の一途をたどり、敗戦後の不信感を経て、ふたたび日本文化の真価を見直す時期に来ている今、飛鳥人に倣う聡明な判断と努力が必要とされている。 

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# by akikomoriya | 2019-03-25 19:56 | ジャポニスムふたたび

自然との対話 絵に宿る哲学

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ジャポニスムふたたび

「自然との対話 絵に宿る哲学」 森谷明子

 日本文化の特徴のひとつとして、武芸の技術体得の修練を「道」と呼ぶことにある。本来「道」とは宗教的な分野の習得において使われる用語であるが、日本ではそれを芸事や武術にも使う。

 特に武道などは、極めるほどに禅の悟りや哲学の領域に及ぶことが知られていて、合気道には、相手に触れずして襲い来るものを跳ね返す術があるという。弓道でも、「的と自己との一体化」など、素人には解せない深遠な世界が広がっている。

 では絵画の世界はどうであろう。

残念ながら「画道」と呼ばれるにふさわしい確立された教えはないものの、日本人の絵画表現の中に共通する要因として、「自然への深い観察」があった。しいて言えばこれが日本の「画道」といえるのかもしれない。

信仰について問われ「私は『大自然宗』です」と答えた川合玉堂や、「一枚の葉っぱが手に入ったら、宇宙全体が手に入ります」と言った安田靫彦などは、まさにたゆみない自然への観察を通して、自らの哲学を画業に反映させたといっていいだろう。

 ところで以前、島田市にある個人宅の襖絵に描かれた水墨画を拝見させていただいたことがある。南画の大家、直原玉青の揮毫による松竹梅であったが、その制作風景を映したビデオに興味深いひとコマがあった。

戸外から一匹の蝶が舞い込み、襖の上に描かれた梅の花をめがけて、まさに花から花へと止まったのである。しかも、花の軸が描かれている箇所、つまり蜜のある部分に迷わず羽を止めたように私には見えた。

 あまりに不思議なその現象を、直原は「自然との対話」と朗らかに語っていた。ただそれだけのことであろうけれど、それはまさに、摩訶不思議日本の芸事の極みであると思う出来事であった。




# by akikomoriya | 2019-02-18 22:01 | ジャポニスムふたたび

千葉県市川市 ユネスコ市民公開講座

来月3月2日(土)千葉県市川市ユネスコ市民講座です。
市川駅から徒歩一分
ぜひお立ち寄りください♬
絵本、言霊、日本文化からできる平和への取り組みなどをお話します♪

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# by akikomoriya | 2019-02-11 10:44 | 平和な世界を求めて

浅間神社 節分祭豆撒き 来てね!

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http://www.asten.jp/feature/1077939.html
2月2日土曜日の「アステン」で
「心かさねる 色重ね」で
白の色と日本人の心について取材していただきました。
静岡新聞の折り込み紙です。
ぜひご覧くださいませ♬

それと!
明日2月3日の節分祭で
今年も豆撒きご奉仕させていただきます。
もったいないやら有難いやら・・・
静岡という土地に
広く遍くご神意が顕現されますよう
お一人お一人の日々の暮らしの上に
より多き幸がありますよう
心より祈念し
豆をまかせて頂きたいと存じます。




# by akikomoriya | 2019-02-02 22:29 | 日本文化

ジャポニスムふたたび 44話

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1月21日 静岡新聞朝刊

ジャポニスムふたたび

日本語の美しさ 最後のとりで      森谷明子

 日本の言霊信仰には「言挙げせぬ」という概念がある。

古代の人々は、言葉を神と人とをつなぐ神聖なものとし、言葉そのものに力があるとも信じていた。不用意に発した言葉は災いの元凶ともなりかねない。「言挙げせぬ」とは、言葉に畏れをもって慎み深く使うべき、といった意味であろう。

 さて、日本人は「NO」と言えない民族として、外国人を困惑させる場面も多い。きちんと意思表示できるように努力する一方で、言葉を慎むかわりにどういったコミュニケーションをとっているのかも伝えていく必要がある。

 日本では、言葉を発する側が表現を慎しむ分、受け取る側の「察する」という力を借りて、つまり双方の歩み寄りによって会話を成立させる不文律がある。双方の息があったところには、いわゆる「以心伝心」「阿吽の呼吸」が成立し、その場合、有り余る言葉を尽くして会話した時よりも、はるかに深い意思の疎通が可能になるものである。

 受け取る側が一歩出ることで、深く温かな共感と認識が成立することは、文学の世界でも同じである。たとえば、和歌や俳句の枕詞や余韻は、察する力を最大限に引き出すための約束事である。逆に察する力をもって受け取らなければ、俳句など、言葉足らずの未熟な表現となってしまうため、双方の高い感性を要する文学形式と言えよう。

「論破」という言葉が飛び交い、証拠の有無でどうとでもゴリ押しできるような昨今の日本の言葉社会。「言挙げせぬ」という言葉への神聖視と、「察する」という想像力をもって成立する深い会話術を、次世代にどうやって伝えていくべきだろうか。

 着物も畳も、八百万の神々への敬意も、長きにわたりこの列島で紡がれてきた多種多様な文化が日常から消えゆく中、日本語の美しさだけが最後の砦となると私は感じている。



# by akikomoriya | 2019-01-21 21:55 | ジャポニスムふたたび

みなさまのお作品

今年も残すところあとわずかとなりました。
この一年も
SBSの皆様には大変お世話になりました。
今年は展示会、講演会が続き
私生活もかなりバタバタしまして
なんと、お教室の日程変更のご案内にミスがありまして
自習にしてしまったこともありました(>_<)
皆さま笑顔でご対応下さり・・・本当に申しわけなく
来年はもう少し気を落ち着けて指導にあたりたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

さてさて
この秋冬もたくさんの素敵なお作品が生まれました♪

まずはいつも落ち着いたペースで制作されている
Sさま♪
紅葉の季節に合わせて制作されておりました。
なんとか間に合いましたね!
赤い紅葉、色を出すのが大変ですが
赤だけではなく
赤から橙、薄黄色、薄緑と自然なグラデーションになりました。
背景を薄暗くしたことで
山あいの、渓流沿いのような静けさが出ました。
微妙なトーンの変化が深遠な印象を醸し出しています♪
幹の木肌の感じもとても良いです!
来年も楽しみにしておりますね!

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お次はNさま
銀箔貼りに初挑戦でした!
失敗を恐れず挑戦することが
何といっても大切です!
銀の上に、ミョウバンを引き、墨、岩絵の具、胡粉を丹念にかけました。
打ちっぱなしのコンクリートの壁の雰囲気がよく出せました♪
玉すだれの花は、形がシンプルで、可愛らしいお花です。
実は形をとるのがとても難しいのですが
よく捉えています。
白い花は影をつけすぎると、立体感よりも汚れた感じになってしまいます。
またこういったシンプルな花は
見たままよりも、少し意匠化させながら絵作りする必要があります。
いくつものハードルをしっかり超えられて
玉すだれの自然な佇まいを見事に描かれました。
少し日陰の背の低い草花に
優しいまなざしが感じられるお作品です♡
素晴らしい!
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お次、Hさま
大変達者でいらっしゃるので
私がご指導する必要もほとんどないのですが
持ち前のお品の良さと視点の斬新さにいつも感心させられます。
グレートーンはまたお品のよいお色目ですが
Hさまはピンクと合わせて使われます。
グレーは、補色同士を混ぜると出来上がる色なので
単純に「黒+白」と思わない方がよいのです。
無限にあるグレートーンを奥深く柔らかく表現してくださいました♪
お花の自然な流れ、動きも本当にお上手です♪
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お次はN様です♪
毎年お年賀状のために富士山の絵を描かれるので
私も見習わなくては!
今回は由比の薩埵峠からの風景です。
実は東海道五十三次の広重の作品で有名な場所です♬
富士山が凛と仕上がりました!
また、雲の表現がとても自然でよいです★
個人的にみかんの木が気に入っております♬
青い海、青い山に、補色のオレンジが映えます!
また広重の浮世絵も東海道でしたが
Nさまも現代の街道と古代の街道を対比させ
趣向を凝らしております♬
海岸沿いの街道の表現が、またお上手・・・
細かい作業もどんどんこなすパワーには脱帽でございます・・・
お年賀状の仕上がりが楽しみですね!


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最後はIさま♪
とても素早い描きっぷり!
書道をされていたので何をされるにも勢いがあります。
秋のイワシ雲がとても自然に描けました。
青い山の下に隠し味で赤が敷いてあります。
シンプルなお色味ですが
深みが感じられるのはそのためです。
手前の稲穂もとても良い色合いです♬
いつもながらお上手です!

続きまして
絞り染めの布とガラスのコーヒーカップ♬
これまたあっという間に仕上げられました!
絞りの感じがなんともお上手!
グレーと黒、白がモダンです♬
センスが光ります・・・
構図も素晴らしいです・・・
見習わなくては★

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ことしも一年、本当に皆さまご熱心に描かれました。
私はバタバタしているだけで充分に描き切れなかったので
本当に反省です・・・
皆さまのお作品に
いつも新しいアイディアや閃きを頂いております!
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます♬

ではどうぞ楽しい年末年始をお過ごしくださいませ!



# by akikomoriya | 2018-12-28 15:45 | SBS学苑 日本画教室

ジャポニスムふたたび 43話

Merry Christmas☆彡12月24日 静岡新聞朝刊です☆彡
ジャポニスムふたたび『深遠な日本美 今こそ世界へ』   森谷明子
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 「浮世絵が日本の美術のすべてではないことを知っていただきたい」。これは、ジャポニスムが席巻するパリで日本美術商を営んでいた、林忠正の言葉である。
林は1900年パリ万博の事務官長であり、ルーブル美術館に浮世絵を寄贈するなど、日本美術を海外に知らしめた功績において、国家レベルの貢献を残した人物である。...
確かに浮世絵は、ある意味分かりやすく刺激の強い表現である。モネは200枚、そしてゴッホに関しては、極貧の中で400枚もの浮世絵をコレクションしていた。特に印象派に対する影響については今更述べるまでもない。現在においても、海外で最も知られた日本の絵画は、北斎の「神奈川沖浪裏」だろう。
しかし日本人なら誰でも、日本美のすべてが浮世絵に集結しているとは思わない。深遠な等伯、洒脱な光琳、源氏物語の優美、そして様々な工芸、建築、庭、染色、和歌俳諧、舞踊等・・・場合によっては縄文にまで遡る日本独自の世界観、価値観、精神性が、そこには潜んでいる。
林も同様に、浮世絵を入り口として、その奥に広がるさらなる日本美の深遠なる世界を伝えたかったに違いない。しかしながら、その「浮世絵の壁」を超えることなく、19世紀のジャポニスムは終焉を迎えてしまった。
「浮世絵の母体であり、日本文化の総体である日本美術を、どうか知っていただきたいのです」。と林はいつも言っていたという。昨今のクールジャパンを見渡したところで、そうした林忠正の懸念は、いまだもって解決されてはいないと感じる。
 このコラムでは、19世紀のジャポニスムでは伝えきれなかった、より繊細で深遠なる日本文化について触れていきたいと思っている。ふたつの大戦によって途絶えてしまった、より深い部分の文化交流がなされる時、それは今であると切実に思う。

 




# by akikomoriya | 2018-12-24 23:09 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび42話

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ジャポニスムふたたび 42話



「あはれ」 感じる人間の豊かさ   日本画家 森谷明子



夕焼けの美しい季節になった。清少納言も「秋は夕暮れ」と言っているが、この季節、大空のスクリーンには、緋色、桃色、緑、藍、紫、金、灰色…と、虹の七色以上の微妙で微細な色彩が大胆に溶け合う。

誰もが思わず立ち止まり見とれてしまう美しい夕景だが、その美しさを感じ取ることができるのは、実はこの地球上で人間しかいない。足元の小さな花から海や空まで、この地球という壮大なシアターの観覧チケットを手にしているのは、有難くも人間だけである。

以前、動物園の飼育員をされていた方から、ゴリラだけは夕日に向かって立ち止まる習慣があるという話を聞いたが、美しいものに対してどれだけ深く反応できるかは、サルとヒトの進化の分岐に大きく関わっているように思う。言語能力、道具を作る能力、といった「能力」以前に、美しいもの素晴らしいものに対するより高次元な感受性の有無が、人類の進化を促してきた要因であると思う。

「深く感じ入る」ことを日本の古典では「あはれ」という。これは最も英訳しにくい日本語のひとつでもある。「ああ!あれ!」という感嘆詞を語源とする「あはれ」とは、ただ単に物哀しさや風情を感じるものではない。日本人が「あはれ」の感覚を重んじるのは、「美意識」という人間だけに与えられた特権に敬意を払うとともに、それをより深く、より繊細に充実させることが、人間をより人間らしくさせることにつながると知っていたからだろう。

逆に言えば、深い感受性に支えられないモノづくりや街づくり、あるいは社会システムは、稚拙でもろく崩れやすい。

俳句を作り、歌を詠み、取り巻く世界のミクロからマクロまでを注意深く観察し感じ入る習慣が、人間社会の充実にいかに重要なことかを夕日を眺めつつ思うのである。



# by akikomoriya | 2018-11-19 21:29 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび41話

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静岡新聞22日朝刊 ジャポニスムふたたび 41話
『「おのずから」待つ慎ましさ』



「おのずから」という言葉が日本人は好きである。そして貴んでいる。どのくらい貴んでいるかといえば、そもそも日本人にとって最も尊重すべき「自然」という語の本来の意味は「おのずから」である。人間の手など入らずとも生々流転し謳歌される、大いなる「おのずから」の世界を、明治以降「自然」と呼ぶようになった。

「おのずから」は、たった一粒の種の中にも作用している。おのずから発芽し、花開き、結実し、翌春またおのずから芽を吹く。種を撒くのは人間の手であっても、雨を降らせ、日を照らせ、森羅万象を生かしめるのは、大いなる「おのずから」の力である。農業とはまさに人間と「おのずから」の共同作業であることを日本人はよく知っていた。

さて、日本人の造形活動には明確なひとつの方向性がある。それは人間の手業のみに固執せず、「おのずから」の作用を待つ慎ましさである。絵画、建築、造園ではゆったりとした間がどうしても必要であるし、芸能、武道では呼吸を重んじ、文学は句間行間に余韻を持たせる工夫がある。和歌俳諧に始まる日本人のあらゆる造形活動は、いずれも「おのずから」という見えない流れとの共生を求め、そのコツを提示している。

これを「国造り」という造形活動に提示したのが聖徳太子であって、十七条の憲法第一条の「以和為貴」もまた「おのずから」が重要な要素となっている。

「争いを避け、身分の上下に関わらず皆が和を心掛けるならば(中略)物事はおのずから開けて、万事成就する」と、聖徳太子は「おのずから」の摂理を国の指針の筆頭に挙げている。

和を志す「人の心」が種を撒き、万物を生かしめる「おのずから」の力がそれを成就させる。いわば天と地の結び目に生じるという「万事成就」の摩訶不思議を、日本人として体現したいものである。



# by akikomoriya | 2018-10-24 20:21 | 日本画