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地名の尊さ


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この夏は考古学者の森浩一先生と、
民俗学者の谷川建一先生が亡くなられました。
自分の中でなにか「カクン」となるものがありました。
特に谷川先生の本との出会いは
私の世界を大きく変えてくれまして
かなりショックでした。

日本中を歩き回り
従来の認識を鵜呑みにせず
地名、伝承、風習、由来などを自分自身で確かめながら
研究するという姿勢は
何に於いても基本であると
谷川研究を通し学びました。

私は本を読むのは好きなのですが
人の恋愛事情にはとんと興味もなく
誰かが死んだの殺されたのと言う物騒なミステリー系の話もさらに興味なく
それで夜な夜な何を読んででいたかと言いますと…
谷川建一の本でございました。

20代30代夢中になって読んだのは
「白鳥伝説」「青銅の神の足跡」「日本の神々」などなど。
お陰様で街を歩き地名を見たり神社の配置など見ますと
その昔どんな系統の人々がそこに住み着いたか
何となく分かるようになりました。

例えば…

奈良の三輪山山麓には「磯城(しき)」という地名があります。
しきの表記は色々で、志木、磯城、志貴、など。
日本を「敷島の大和」といいますがこの「しき」が語源です。
磯城一族が三輪山の大神神社(おおみわじんじゃ)を護っていたのですが
この磯城一族というのは古代天皇家に后を出す家でありました。
日本の国作りに関与し
数多の謎を残し、影に日向に天皇家に関わってきた磯城一族。

この磯城は銅鐸にも深い関わりがあります。

三輪山周辺も銅鐸が出ますが
信貴山ふもとの志木駅付近も出ます。

銅鐸出土の東限は静岡県磐田市の「敷地」(しきぢ)ですが
この「しき」はまちがいなく奈良三輪山の「しき」でしょう。
またさらに西に進み
静岡市の登呂遺跡付近に「敷地」という地名があり
安倍川を越えた丸子の手前にも「向敷地」があります。
銅鐸こそは出ませんが
いずれも考古学的に古い土地で
丸子は「丸子式土器」といって考古学上ポイントとなる様式の土器が出ています。

さらに
静岡浅間神社は古くは「美和明神」と呼ばれておりまして
代々の宮司様のお名前は「しき」さんといいまして
今でも浅間神社鳥居まえの長谷通り沿いに「しき美容院」というお店があります。

ついでに奈良三輪山と同じ様式の三鳥居が
谷津山の愛宕神社にもございます。

三輪山と静岡のつながりを話し出しますと
まだまだ延々と話は続くのであります。

古代の人々は
今の人よりももっともっと夢とロマンを抱いて
日々過ごしていたように思います。
先人達は神として神社に祀られ
今でも国作りに対するあつい夢を持ち続けているのだと
私は思います。

日本は本当はもっともっと素晴らしい国であるはず…

日々何気なく住んでいる土地の名前にも
古代の人々の足跡があり
尊んできた名前の不思議が秘められている。

谷川建一の研究を通して古代の夢を思い知ったのでした。
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by akikomoriya | 2013-10-31 11:12 | おしゃべり
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