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ジャポニスム ふたたび ⑦

7月28日の静岡新聞夕刊に「ジャポニスムふたたび」が載りました。今回の絵はゴッホの星月夜の模写です。
実は・・・中学校時代、美術部に所属していたときに描いた模写です。校舎改築中の城山中学校のプレハブの片隅で、這いつくばるようにして描いていた記憶が・・・。
一学年360人もいたのに、新入部員は私一人ですごく寂しくて、華やかな吹奏楽部や運動部の活躍がすごく眩しく見えて・・・それでも描きたい学びたいという気持ちは捨てられず、一人で黙々と描いていたな・・・。
あの頃はゴッホのこと何も分からなかったけど、何故かこの渦巻きの絵が気に入っていた。ヒマワリはそれほどでもないけどこの渦巻きは何故か好き・・・
30年以上大事にとってあって、これは私の宝物。
以下は掲載文です。
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ジャポニスムふたたび    
「星月夜」にみるゴッホの御神木
                        日本画家 森谷明子
 
 天才画家ゴッホの最初の夢は、牧師になることだった。
牧師の家に生まれ、父親と同じ職業を志した。しかし、伝道師として赴任するも、あまりに激しい信仰への情熱が災いし、周囲との不調和によって教会を追われる身となってしまう。
 失意の内にも画家へと転身し、その後も、聖なるもの、大いなるものを求め続ける溢れんばかりの情熱は止むことがなかった。やがて彼は日本の芸術に出会い、自然への眼差しの深さを知る。そして自然そのものを聖なる存在とする日本の自然観こそが真の宗教ではないだろうかという持論を持つようになった。ゴッホといえばひまわりの連作で知られるが、彼にとってのひまわりはただの花ではなく、聖なる存在、信仰の対象としての自然そのものであった。
 それまでの西欧においても、自然を愛好する動きは当然あったわけだし、環境保全は今や全世界の常識である。しかし、西洋の自然観と日本人の自然観とは真逆である。前者は人間が支配し管理すべき対象としての自然であり、後者は人間を守り育む神秘なる存在である。御神体としての山や岩、しめ縄を張った杉や楠などの御神木、田には田の神が、湖沼には竜神が、各家には火之神、水の神がおわす。森羅万象日本の自然はまさに神づくしである。
死の前年の夏に描かれた「星月夜」は、入院先の病院の丘から見えた風景である。興味深いことに、そこには存在しなかったはずのものがいくつか描き込まれている。そのひとつは遠くに見える教会の塔、そして手前にそびえる巨大な糸杉である。かつて情熱を捧げた教会は街の中に小さくひっそりと見える。一方、巨大な糸杉については様々な解釈があるが、その孤高な姿は、まさに日本の神社にある「御神木」を彷彿とさせる。自然の中に聖なる存在を見出そうとするゴッホの信仰のよりどころ、彼なりの御神木だったのではないかというのが私の持論である。

by akikomoriya | 2015-08-03 15:05 | 日本文化
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