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ジャポニスム ふたたび

10月8日静岡新聞夕刊です
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「ジャポニスムふたたび」
~西欧の常識を覆したデフォルメの妙~   日本画家 森谷明子

 
 見えるものを見えたとおりに描く、というのはルネッサンス以降西洋絵画の鉄則であった。本物そっくりに描けない絵描きは失格である。しかしその、「本物そっくり」への願望が「写真技術」の進歩によって成就されると、画家達の存在意義は大きく揺らいだ。 
 行き詰まりを見せていた19世紀末の西洋画壇に、極東の島国から奇妙な絵が舞い込んでくる。浮世絵をはじめとするそれらの絵画は、思いのままに形を歪曲させ、自由な視点で大胆に描かれていたのだ。「見えるとおりに囚われなくていい、感動のままに自由に画面を構成していい」。今となっては当たり前すぎる事項も、長く守られてきた西洋絵画の常識にはないことばかりだった。
 静岡県立美術館で催している「富士山-信仰と芸術-」では様々な富士山の姿が見られるが、葛飾北斎の「凱風快晴」をはじめ、日本人の描く富士山は実物よりも傾斜がきつくデフォルメされたものが多い。日本人にとって富士山への憧れとは、均整の取れた円錐形もさることながら、まずはその高さにあると思う。日月をも隠し、ゆく雲さえもはばかられる、その高き姿に神を見出す震えんばかりの感動を表すには、見えたとおりの寸法を描写するだけでは到底足りない。そこにはおのずデフォルメが加えられ、天にそびえんばかりの霊峰富士となる。
 個々の感情や視点を尊重し、喜怒哀楽という五感を通した感動と、さらには見えないものさえも感受しようとする日本人の芸術表現は、見えるもののみを正確に表現してきた西洋の人々の目に、どれほど眩しく映ったであろう。日本国内における明治期の欧化と時を同じくして、西欧ではジャポニスムによって芸術表現の大変革がもたらされていた。西洋の価値観を根底から覆した自由で大胆な日本人の感覚は電光石火のごとくに広がり、印象派に閃きを与え、抽象芸術を育み、全世界の芸術表現にあらたな息吹を与えたのである。








by akikomoriya | 2015-10-06 21:13 | 日本文化
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