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ジャポニスムふたたび

またまたお知らせです♪最近お知らせばっかでごめんなさいm(_ _)m

8日金曜日の静岡新聞夕刊 文化芸術欄に「ジャポニスムふたたび」が載ってます。

昨年からブログでもさんざんしゃべってる「縄文文化」の平和的交渉術についてです。

ちょっと文章が硬く・・・母曰く「いつもながら男の文章だね」・・・チーン(T_T) 
夫は国語の教員ですが「て・に・を・は」と句読点をチェックしてくれるのは有り難いんだけど「もっとしなやかに書けない?」と、こちらからも毎度言われ・・・カチ~ン(>_<)。
語調も主張も強くて文章表現に関しては課題がいっぱいですが・・・内容はかなり吟味しました。
日本文化に関して興味のある方どうぞご覧下さいm(_ _)m

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日本文化根底に縄文流「和」の術           
                    
                        日本画家 森谷明子

日本の文化を総じて「和」というが、和歌俳諧にはじまり、茶花道、武道、絵画工芸、建築造園…日本の伝統文化の根底には、必ずやこの「和」の心得が横たわる。人と人、人と自然、人と宇宙がひとつに調和する日本独自の「和」の文化とは一体どこまで遡ることができるのだろう。
日本列島の先住民である縄文人1万数千年の営みは、戦いの痕跡や武器の出土などはおよそ見られない穏健な文化として知られる。その日本列島は今から約2400年前に一大転機を迎える。中国大陸における春秋戦国時代、世の戦乱を逃れ、朝鮮半島を経由し日本列島に移り住んだ人々がいた。彼ら渡来人は、稲作という豊かさと物事を武力でもって解決するという習癖を持った人々であった。首のない遺骸や全身に鏃を打ち込まれた遺骸などの発掘品は、彼らが如何に好戦的な人々であったかを物語る。
世界各地域において、戦い慣れた侵略者によって先住民が駆逐され、言語や生活信条の多くを失う事例はあまりにも多い。戦いの文化を持たぬ縄文人は、いかにしてこの状況と対峙したか。
日本列島においては、奇跡とも言える例外が起きた。200年という歳月を掛け縄文人はゆるやかに渡来人らと和合し、互いの利点を持ち合わせた平和的な村さえ誕生した。しかも現在私たちが使っている母音を軸とする日本語や、宇宙神・自然神からはじまる日本神話の特異性は、明らかに縄文の系譜である。「非武装・少人数」の縄文人は駆逐されるどころか、圧倒的武力と富を携える多数派の「侵略者」を、文化面において吸収する形で融合したと考えていいだろう。
縄文の流儀が具体的にいかなるものであったかを文献を通して知ることはできない。しかし、現在の日本人の中に、縄文人のDNAは地域差こそあれおおむね3割ほど受け継がれているという。一人ひとりに内在する縄文流「和」の術を目覚めさせるためにも、和歌俳諧、茶華道、武道・・・それら日本の文化を体験することは有効な手段であると思う。

by akikomoriya | 2016-01-09 11:10 | 日本文化
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