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ジャポニスムふたたび

金曜日夕刊の文芸欄に「ジャポニスムふたたび」が掲載されました♪
ぜひご覧下さいませ。
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ジャポニスムふたたび
   
雛祭りに見る モノ・人・心     日本画家 森谷明子
 
 雛祭りの起源は、平安時代の「流し雛」という風習に始まる。
人形は難を身代わりしてくれるものと信じられ、人々は厄難を人形に託し海や川に流して子どもの無病息災を願った。

 現在でも全国各地の神社で行われる半期に一度の「大祓」で、
その「流し雛」の原型を見ることができる。
「形代」という人の形に切った紙で全身を撫で、息を吹きかけ、
罪や穢れをそれに移してお祓いをする。言ってみればたかが紙一枚。
それが汗や塵埃ならともかく、
目には見えない心身の穢れや災いの元凶をも吸い取ってくれるというのだから有り難いことである。

 日本においては、山海草木、自然のすべてに神が宿るとみなされてきたが、
一見、心も感情も伴わないように見える「モノ」もまた同様に神聖な存在となり得た。
だからこそ、かつての日本人は紙一枚といえど丁重に扱い、無駄なく使い切った。
ところで、今や世界語となった「モッタイナイ」は、
単に節約やリサイクルを奨励するために使われてきた言葉ではない。
「勿体ないお言葉」という使い方からも分かるように、
本来「価値ある物、神聖な物」に対して使う語である。
「モッタイナイ」運動の創始者であるマータイさんは、
この一語に込められた、日本人の「モノ」に対する敬意と愛の意志に感銘したのだという。

 ひとりの子どもが成長してゆく過程には多くの物品が関わる。
雛人形も、単なる人形、ただのモノと言ってしまえばそれきりだが、
未来に起こりうる厄難を肩代わりしてくれるかもしれない神聖な形代であると思えば、
勿体なくも有り難いことである。

 そんな想いを込めて桃の花の一枝も手向けたいと思う。

 
 
by akikomoriya | 2016-02-29 08:08 | 日本文化
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