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ジャポニスムふたたび 47話

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ジャポニスムふたたび 47話

八百万の神も「祓え」共通          日本画家 森谷明子

「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」は、西行法師が伊勢神宮を参拝した際に歌った歌である。

 どのような神様がいらっしゃるかはわからないけれど、有難さに思わず涙が出た、という意味であるが、日本の神社というのは実態が不明瞭であるのがよいところであると思う。

 一般的に宗教というのは、教祖がいて教義経典があり、神仏の御名はもちろん、種々な決まり事も明確になっているものなのだが、日本の神道は教祖も教義も存在しない。八百万の神々を祀る一方で、極端に言えばこの世界のすべての人々を受け入れるので、他宗教を信仰する方々でも参拝できる。

 こうした不明瞭さは他の宗教から見れば驚くべきことであり、宗教というよりはむしろ生活文化習慣をとりまとめた、人々の心のよりどころ、という表現がいいのかもしれない。

 もともとは山や岩、滝などをご神体としていたと考えられ、富士山や奈良の三輪山など山そのものをご神体とする形は各地に残っている。その後、祭祀場所として仮の社が作られるようになり、それが神殿となった。

 各神社ごと、祭神もしきたりも千差万別であるのが日本の神社の面白いところであるが、絶対に外せない共通事項として「祓え」がある。

 人生の節目節目で穢れを祓い清めていただく。特定の宗教は持たずとも、罪穢れや禍々しさを身にまとったままでは、運も逃げ願いも叶わないように感じるのが日本人である。まずは祓い清めをしてくれる場所として、日本人の身近な場所にいつも神社があった。

 玉砂利を踏み、手を洗い口を漱ぎ、柏手を打って拝すると、なんとも言えず清々しく、尊いものに触れた心持になる。理由は分からなくとも、そうしたことに有難さを感じることができるのが、西行の時代も今も変わらない日本神道のよさであると思う。 



by akikomoriya | 2019-04-29 15:45 | ジャポニスムふたたび
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