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ジャポニスムふたたび 62話  




     
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ジャポニスムふたたび 62話 

激しい「線」に「生命」込める      森谷明子

西洋と東洋の絵画表現において最も異なる点と言えば、「面」で描くか、「線」で描くかの違いであろう。

西洋は見えたとおりの写実的表現を目的とする。「光の面」と「影の面」を正確に描き分けることで、キャンバスという平面の上に、あたかも立体的な三次元空間が映し出されているような錯覚を見る人に与える。描いては消し、描いては消し、という気の遠くなるような光と影の微調整によって、ようやく実現される、筆跡を残さない、滑らかなタッチの「光と影の面」が、西洋絵画の写実表現である。

一方で、東洋の場合は、目には見えない「気」や「生命の流れ」を描こうとするため、現実世界の光や影は関係ない。その代わりに「線」の中に「気」や「生命」を込めるのである。書道と同じで、何度も描き直すことは好まれず、一筆一筆に込める瞬間芸の連続によって作品が生まれる。

ところが、ゴッホの作品とはなんとも風変わりなのである。はじめて目にする人は、画面全体が独特の「短い線」によって構成されていることに違和感を感じるのではないだろうか。西洋の画家でありながら、彼はどうして滑らかなタッチで「面」を描こうとせずに、ぐいぐい、うねうね、時としてばさばさと、激しい「線」で表現したがったのだろう。

北斎漫画などに見られるような素早い筆さばきに対し、ゴッホは強い憧れを持っていた。おそらくゴッホは、日本の絵師のような勢いのある迷いのない筆さばきによって、「線」に「気」や「生命」を込め、「線」だけで画面を覆い尽くすことを望んでいたのだろう。

西洋絵画でありながらも、「面」ではなく「線」だけで描くというゴッホ独自の奇妙な手法。命が込められた無数の線の重なりによって一枚の絵が構成されているのだから、当然のことながらゴッホの作品は強く激しく、見る人の心を揺さぶるのである。


by akikomoriya | 2020-07-28 08:30 | ジャポニスムふたたび
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