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ジャポニスムふたたび73話

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月曜日朝刊『ジャポニスムふたたび』
今回は地域学応援の気持ちを込めて、浜松の銅鐸について書いてみました。久能寺経、建穂寺の円空仏、磐田市の古墳群、遠江駿河万葉歌など、県内には歴史文化に関するお宝がいっぱい!日本文化を知ることは、自分が毎日暮らしている地元から始まると私は思います。

鏡にあらがい鐸祀った人々

全国津々浦々の神社の多くには、「鏡」が祀られている。「卑弥呼の鏡」に代表されるように、弥生時代以降今日に至るまで、日本人は「鏡」をご神宝として尊んできた。しかし、「鏡」が流布する以前の日本列島で、「鏡」だけでなく「鐸(さなき)」というものを尊んでいた時代があった。

「鐸」とは大型の鈴、いわゆる「銅鐸」である。

銅鐸は、近畿地方や出雲地方をはじめ、全国で約500個も出土している。一方で、古事記、日本書紀といった大和朝廷の正史には決して記されることはない、弥生時代の謎多き遺物なのだ。

金色に輝く銅製で、打てば甲高い音が響く。人々は巨大な鈴の輝きと音色に神聖さを感じていたのだろう。また、農作業をする人やトンボやイノシシ、鹿なども刻まれた図柄は、弥生時代の美術品と言っても過言ではない。

しかし、「鐸」は、「鏡」を祀る中央政権の勢力に追われ消滅したというのが一般的な説である。オセロのコマのように日本列島の上から次々と「鐸」が消滅する中で、最後まで「鐸」を祀っていた地域のひとつが、現在の浜松市である。天竜浜名湖鉄道沿線ではこうした「鐸」が点々と出土している。

佐鳴湖の「さなる」の語源が「さなき」であることは想像に難くない。穏やかな浜名湖の周辺に、中央政権に反する人々が蟠踞していたと考えるのは興味深い。

穏やかな人柄で知られる静岡県人が、中央政権にあらがった歴史を持つとは意外な気もするが、そうまでして時代の流れにあらがった理由は、今となっては知る由もない。

日本の歴史にはまだまだ分からないことが山ほどある。過去の謎を解くことは未来を拓く知恵ともなる。東西文化が交差し、富士山という国内最大の霊山を有する静岡県は、まさに歴史ミステリーの宝庫である。


by akikomoriya | 2021-06-23 23:10 | ジャポニスムふたたび
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