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ジャポニスムふたたび75話

静岡は台風の影響で強い風が吹いております。皆さまいかがお過ごしでしょうか?『ジャポニスムふたたび75話』です。
『地球の回復力 限界迎えた今』

 広島長崎の原爆投下から、今年で76年目となる。
あれ以来、都市や人を標的にした投下は、幸い現在に至るまで行われていない。しかし、この76年間、「実験」という形で、地下、大気圏、水中等を併せて2000回以上の原水爆が、この地球上で炸裂してきた。
 特に多かったのがキューバ危機の直前で、米ソを中心に行われた核実験は、年間180回近くにのぼり、現在に続く異常気象はこの頃から始まったという説もある。
 かつての日本では、山には山の神が御座し、川には川の神が御座した。同じように、地下には土地の神が、大気圏には風の神が、水中には海神が御座すはずなのだ。そうした世界観の中で長く暮らしてきた日本人からみれば、2000回の核実験は、さすがに八百万の神々に対し、傍若無人なる振る舞いと言わざるを得ない。
 海に出て漁(すな)どる者は、海神に手を合わせ、山に入り木を切るものは、山の神に許しを乞う。家を建てるにも土地の神にまず許しを乞い、何をするにも神々の許しを乞う。それが古くからの日本人の日常であった。
 日本文化の世界観から見れば、核実験とは、人体に被害が有る無し以前に、八百万の神の恩恵を軽んじる、なんとも禍々しい行為である。実験に関わった人々は、果たして実験の前に、風の神や土地の神に手を合わせたであろうか。
 核保有の是非については、世論も大きく分かれるところであり、抑止力との意見も根強い。しかし、土地の神、海の神、風の神を著しく汚すシロモノを懐に置き、あるいは振りかざしたところで、はたして鎮護の風は吹くのだろうか?
 「地球崩壊」という言葉が飛び交う昨今、地球の回復能力も限界を迎えた。「自然」という存在を、どのように捉え関わっていくべきか、日本文化の視点から考えていきたいと思う。
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by akikomoriya | 2021-08-09 14:47 | ジャポニスムふたたび
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