千葉県市川市 ユネスコ市民公開講座

来月3月2日(土)千葉県市川市ユネスコ市民講座です。
市川駅から徒歩一分
ぜひお立ち寄りください♬
絵本、言霊、日本文化からできる平和への取り組みなどをお話します♪

e0240147_10424207.jpg

e0240147_10424207.jpg
e0240147_10424207.jpg

# by akikomoriya | 2019-02-11 10:44 | 平和な世界を求めて

浅間神社 節分祭豆撒き 来てね!

e0240147_22260927.jpg

http://www.asten.jp/feature/1077939.html
2月2日土曜日の「アステン」で
「心かさねる 色重ね」で
白の色と日本人の心について取材していただきました。
静岡新聞の折り込み紙です。
ぜひご覧くださいませ♬

それと!
明日2月3日の節分祭で
今年も豆撒きご奉仕させていただきます。
もったいないやら有難いやら・・・
静岡という土地に
広く遍くご神意が顕現されますよう
お一人お一人の日々の暮らしの上に
より多き幸がありますよう
心より祈念し
豆をまかせて頂きたいと存じます。




# by akikomoriya | 2019-02-02 22:29 | 日本文化

ジャポニスムふたたび 44話

e0240147_21540544.jpg

1月21日 静岡新聞朝刊

ジャポニスムふたたび

日本語の美しさ 最後のとりで      森谷明子

 日本の言霊信仰には「言挙げせぬ」という概念がある。

古代の人々は、言葉を神と人とをつなぐ神聖なものとし、言葉そのものに力があるとも信じていた。不用意に発した言葉は災いの元凶ともなりかねない。「言挙げせぬ」とは、言葉に畏れをもって慎み深く使うべき、といった意味であろう。

 さて、日本人は「NO」と言えない民族として、外国人を困惑させる場面も多い。きちんと意思表示できるように努力する一方で、言葉を慎むかわりにどういったコミュニケーションをとっているのかも伝えていく必要がある。

 日本では、言葉を発する側が表現を慎しむ分、受け取る側の「察する」という力を借りて、つまり双方の歩み寄りによって会話を成立させる不文律がある。双方の息があったところには、いわゆる「以心伝心」「阿吽の呼吸」が成立し、その場合、有り余る言葉を尽くして会話した時よりも、はるかに深い意思の疎通が可能になるものである。

 受け取る側が一歩出ることで、深く温かな共感と認識が成立することは、文学の世界でも同じである。たとえば、和歌や俳句の枕詞や余韻は、察する力を最大限に引き出すための約束事である。逆に察する力をもって受け取らなければ、俳句など、言葉足らずの未熟な表現となってしまうため、双方の高い感性を要する文学形式と言えよう。

「論破」という言葉が飛び交い、証拠の有無でどうとでもゴリ押しできるような昨今の日本の言葉社会。「言挙げせぬ」という言葉への神聖視と、「察する」という想像力をもって成立する深い会話術を、次世代にどうやって伝えていくべきだろうか。

 着物も畳も、八百万の神々への敬意も、長きにわたりこの列島で紡がれてきた多種多様な文化が日常から消えゆく中、日本語の美しさだけが最後の砦となると私は感じている。



# by akikomoriya | 2019-01-21 21:55 | ジャポニスムふたたび

みなさまのお作品

今年も残すところあとわずかとなりました。
この一年も
SBSの皆様には大変お世話になりました。
今年は展示会、講演会が続き
私生活もかなりバタバタしまして
なんと、お教室の日程変更のご案内にミスがありまして
自習にしてしまったこともありました(>_<)
皆さま笑顔でご対応下さり・・・本当に申しわけなく
来年はもう少し気を落ち着けて指導にあたりたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

さてさて
この秋冬もたくさんの素敵なお作品が生まれました♪

まずはいつも落ち着いたペースで制作されている
Sさま♪
紅葉の季節に合わせて制作されておりました。
なんとか間に合いましたね!
赤い紅葉、色を出すのが大変ですが
赤だけではなく
赤から橙、薄黄色、薄緑と自然なグラデーションになりました。
背景を薄暗くしたことで
山あいの、渓流沿いのような静けさが出ました。
微妙なトーンの変化が深遠な印象を醸し出しています♪
幹の木肌の感じもとても良いです!
来年も楽しみにしておりますね!

e0240147_15115257.jpg
お次はNさま
銀箔貼りに初挑戦でした!
失敗を恐れず挑戦することが
何といっても大切です!
銀の上に、ミョウバンを引き、墨、岩絵の具、胡粉を丹念にかけました。
打ちっぱなしのコンクリートの壁の雰囲気がよく出せました♪
玉すだれの花は、形がシンプルで、可愛らしいお花です。
実は形をとるのがとても難しいのですが
よく捉えています。
白い花は影をつけすぎると、立体感よりも汚れた感じになってしまいます。
またこういったシンプルな花は
見たままよりも、少し意匠化させながら絵作りする必要があります。
いくつものハードルをしっかり超えられて
玉すだれの自然な佇まいを見事に描かれました。
少し日陰の背の低い草花に
優しいまなざしが感じられるお作品です♡
素晴らしい!
e0240147_15120423.jpg
e0240147_15124578.jpg

お次、Hさま
大変達者でいらっしゃるので
私がご指導する必要もほとんどないのですが
持ち前のお品の良さと視点の斬新さにいつも感心させられます。
グレートーンはまたお品のよいお色目ですが
Hさまはピンクと合わせて使われます。
グレーは、補色同士を混ぜると出来上がる色なので
単純に「黒+白」と思わない方がよいのです。
無限にあるグレートーンを奥深く柔らかく表現してくださいました♪
お花の自然な流れ、動きも本当にお上手です♪
e0240147_15160204.jpg
e0240147_15160738.jpg

お次はN様です♪
毎年お年賀状のために富士山の絵を描かれるので
私も見習わなくては!
今回は由比の薩埵峠からの風景です。
実は東海道五十三次の広重の作品で有名な場所です♬
富士山が凛と仕上がりました!
また、雲の表現がとても自然でよいです★
個人的にみかんの木が気に入っております♬
青い海、青い山に、補色のオレンジが映えます!
また広重の浮世絵も東海道でしたが
Nさまも現代の街道と古代の街道を対比させ
趣向を凝らしております♬
海岸沿いの街道の表現が、またお上手・・・
細かい作業もどんどんこなすパワーには脱帽でございます・・・
お年賀状の仕上がりが楽しみですね!


e0240147_15161915.jpg
e0240147_15165641.jpg

e0240147_15180392.jpg
最後はIさま♪
とても素早い描きっぷり!
書道をされていたので何をされるにも勢いがあります。
秋のイワシ雲がとても自然に描けました。
青い山の下に隠し味で赤が敷いてあります。
シンプルなお色味ですが
深みが感じられるのはそのためです。
手前の稲穂もとても良い色合いです♬
いつもながらお上手です!

続きまして
絞り染めの布とガラスのコーヒーカップ♬
これまたあっという間に仕上げられました!
絞りの感じがなんともお上手!
グレーと黒、白がモダンです♬
センスが光ります・・・
構図も素晴らしいです・・・
見習わなくては★

e0240147_15170233.jpg


ことしも一年、本当に皆さまご熱心に描かれました。
私はバタバタしているだけで充分に描き切れなかったので
本当に反省です・・・
皆さまのお作品に
いつも新しいアイディアや閃きを頂いております!
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます♬

ではどうぞ楽しい年末年始をお過ごしくださいませ!



# by akikomoriya | 2018-12-28 15:45 | SBS学苑 日本画教室

ジャポニスムふたたび 43話

Merry Christmas☆彡12月24日 静岡新聞朝刊です☆彡
ジャポニスムふたたび『深遠な日本美 今こそ世界へ』   森谷明子
e0240147_23073072.jpg

 「浮世絵が日本の美術のすべてではないことを知っていただきたい」。これは、ジャポニスムが席巻するパリで日本美術商を営んでいた、林忠正の言葉である。
林は1900年パリ万博の事務官長であり、ルーブル美術館に浮世絵を寄贈するなど、日本美術を海外に知らしめた功績において、国家レベルの貢献を残した人物である。...
確かに浮世絵は、ある意味分かりやすく刺激の強い表現である。モネは200枚、そしてゴッホに関しては、極貧の中で400枚もの浮世絵をコレクションしていた。特に印象派に対する影響については今更述べるまでもない。現在においても、海外で最も知られた日本の絵画は、北斎の「神奈川沖浪裏」だろう。
しかし日本人なら誰でも、日本美のすべてが浮世絵に集結しているとは思わない。深遠な等伯、洒脱な光琳、源氏物語の優美、そして様々な工芸、建築、庭、染色、和歌俳諧、舞踊等・・・場合によっては縄文にまで遡る日本独自の世界観、価値観、精神性が、そこには潜んでいる。
林も同様に、浮世絵を入り口として、その奥に広がるさらなる日本美の深遠なる世界を伝えたかったに違いない。しかしながら、その「浮世絵の壁」を超えることなく、19世紀のジャポニスムは終焉を迎えてしまった。
「浮世絵の母体であり、日本文化の総体である日本美術を、どうか知っていただきたいのです」。と林はいつも言っていたという。昨今のクールジャパンを見渡したところで、そうした林忠正の懸念は、いまだもって解決されてはいないと感じる。
 このコラムでは、19世紀のジャポニスムでは伝えきれなかった、より繊細で深遠なる日本文化について触れていきたいと思っている。ふたつの大戦によって途絶えてしまった、より深い部分の文化交流がなされる時、それは今であると切実に思う。

 




# by akikomoriya | 2018-12-24 23:09 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび42話

e0240147_21232193.jpg
ジャポニスムふたたび 42話



「あはれ」 感じる人間の豊かさ   日本画家 森谷明子



夕焼けの美しい季節になった。清少納言も「秋は夕暮れ」と言っているが、この季節、大空のスクリーンには、緋色、桃色、緑、藍、紫、金、灰色…と、虹の七色以上の微妙で微細な色彩が大胆に溶け合う。

誰もが思わず立ち止まり見とれてしまう美しい夕景だが、その美しさを感じ取ることができるのは、実はこの地球上で人間しかいない。足元の小さな花から海や空まで、この地球という壮大なシアターの観覧チケットを手にしているのは、有難くも人間だけである。

以前、動物園の飼育員をされていた方から、ゴリラだけは夕日に向かって立ち止まる習慣があるという話を聞いたが、美しいものに対してどれだけ深く反応できるかは、サルとヒトの進化の分岐に大きく関わっているように思う。言語能力、道具を作る能力、といった「能力」以前に、美しいもの素晴らしいものに対するより高次元な感受性の有無が、人類の進化を促してきた要因であると思う。

「深く感じ入る」ことを日本の古典では「あはれ」という。これは最も英訳しにくい日本語のひとつでもある。「ああ!あれ!」という感嘆詞を語源とする「あはれ」とは、ただ単に物哀しさや風情を感じるものではない。日本人が「あはれ」の感覚を重んじるのは、「美意識」という人間だけに与えられた特権に敬意を払うとともに、それをより深く、より繊細に充実させることが、人間をより人間らしくさせることにつながると知っていたからだろう。

逆に言えば、深い感受性に支えられないモノづくりや街づくり、あるいは社会システムは、稚拙でもろく崩れやすい。

俳句を作り、歌を詠み、取り巻く世界のミクロからマクロまでを注意深く観察し感じ入る習慣が、人間社会の充実にいかに重要なことかを夕日を眺めつつ思うのである。



# by akikomoriya | 2018-11-19 21:29 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび41話

e0240147_20161527.jpg
静岡新聞22日朝刊 ジャポニスムふたたび 41話
『「おのずから」待つ慎ましさ』



「おのずから」という言葉が日本人は好きである。そして貴んでいる。どのくらい貴んでいるかといえば、そもそも日本人にとって最も尊重すべき「自然」という語の本来の意味は「おのずから」である。人間の手など入らずとも生々流転し謳歌される、大いなる「おのずから」の世界を、明治以降「自然」と呼ぶようになった。

「おのずから」は、たった一粒の種の中にも作用している。おのずから発芽し、花開き、結実し、翌春またおのずから芽を吹く。種を撒くのは人間の手であっても、雨を降らせ、日を照らせ、森羅万象を生かしめるのは、大いなる「おのずから」の力である。農業とはまさに人間と「おのずから」の共同作業であることを日本人はよく知っていた。

さて、日本人の造形活動には明確なひとつの方向性がある。それは人間の手業のみに固執せず、「おのずから」の作用を待つ慎ましさである。絵画、建築、造園ではゆったりとした間がどうしても必要であるし、芸能、武道では呼吸を重んじ、文学は句間行間に余韻を持たせる工夫がある。和歌俳諧に始まる日本人のあらゆる造形活動は、いずれも「おのずから」という見えない流れとの共生を求め、そのコツを提示している。

これを「国造り」という造形活動に提示したのが聖徳太子であって、十七条の憲法第一条の「以和為貴」もまた「おのずから」が重要な要素となっている。

「争いを避け、身分の上下に関わらず皆が和を心掛けるならば(中略)物事はおのずから開けて、万事成就する」と、聖徳太子は「おのずから」の摂理を国の指針の筆頭に挙げている。

和を志す「人の心」が種を撒き、万物を生かしめる「おのずから」の力がそれを成就させる。いわば天と地の結び目に生じるという「万事成就」の摩訶不思議を、日本人として体現したいものである。



# by akikomoriya | 2018-10-24 20:21 | 日本画

みなさまのお作品



夏の間、お道具をもってお教室に通うのが
本当に大変だったと思います。
少し涼しくなってだいぶん楽になりましたね。
さてさて
みなさまのお作品
次々と完成いたしました。
e0240147_01244801.jpg
まずは大変達者なIさま
書道を長くされていたこともあり
筆遣いに勢いがあります。

まず、背景処理がとてもお上手!
赤いほおずきに濃いグレーの背景がよく合います。
隠し味にグレーの下に赤い絵の具が塗ってあります。
仕上げに
粗めの絵の具をざらっとのせて
とてもおしゃれです♬

真ん中にある
葉脈だけになったほおずきは
実際は赤い実は無くなっているのですが
綺麗に描きこんでみました。
これまたおしゃれ!

ぜひ玄関に飾ってください( *´艸`)
e0240147_01250868.jpg
お次は男性の方
Gさまです。
夏の間じたくでゆっくり取り組んでくださいました。
花も葉も生きているような自然な形です。
なかなかこうは描けないものです。
葉の色の選択がまた素晴らしい。

紺色の背景もよいですね~!
水面の映り込みもお上手
朽ちかけた葉も素晴らしい!
手前の杭の風化した感じも本当にお上手です。
臨場感あふれるスイレン。

心を込めて丁寧に一つ一つ観察し筆を運んだことが伝わります。
脱帽でございます!




e0240147_01252055.jpg
e0240147_01251317.jpg

お次は
またまた達者なHさま
グレーの背景がお好みです。
ひとくちにグレーと言っても
紫がかったグレーや茶色っぽいグレーにあります。
Hさまのグレーはいつもお品がよいのです。

グレーの背景に黄土色がとても映えます。
鮮やかな緑とピンクもきれいに出ています。
影の付けかたが独特で
Hさまのお作品を拝見するといつも
中世のヨーロッパを思い出します。
ご本人も
とてもお品のよい方です♬
e0240147_01280042.jpg


e0240147_01280585.jpg
最後はOさま
山野草がお好きで山野草の会にも所属してらっしゃいます。
これは「夫婦百合」です。
小さくて可愛らしい・・・
実際見たことはありませんが
若いご夫婦を思わせる初々しい百合ですね~!
e0240147_01280926.jpg
とてもお品良い背景で
うっすらと横縞が入っているのもよい感じです。

花粉はもったりと粗めの絵の具を盛りました。

次回も百合を描かれるようです。
そのうち山野草を描く達人になりますね。
毎回楽しみにしております!

ではでは今回はこの辺で!
次回皆さまにお会いしますのを楽しみにしております。
またどうぞよろしくお願い致します。
e0240147_01281415.jpg




# by akikomoriya | 2018-10-07 01:47 | SBS学苑 日本画教室

森谷明子日本画展

e0240147_11511326.jpg

個展のご案内です♬

六本木ストライプスペース
10月13日土曜日~20日土曜日まで
11時~16時30分
最終日は17時半終了です。

土曜日から土曜日までですのでご注意ください。
日比谷線、大江戸線の六本木駅から
芋洗い坂をくだり左側にストライプ模様のビルが見えます。
駅からはすぐです。
会期中は在廊予定です。

昨年秋の浜岡カントリーでの個展の内容に加え
あらたに三種類の桜の二曲一双屏風(未表具ですみませんが・・・)
が三点追加です♪
ぜひお出かけくださいませ♬

それからとっても個人的なことですが
メールをくださった城山中学の後輩の旧姓「朝田さん」
お懐かしいです~
本当に有難うございます。
お返事したいのですが
何度送信してもエラーで戻ってしまいます。
このブログを見ていたら
もう一度ご連絡ください♬
ではでは!
文中にアドレス貼り付けて頂けますでしょうか?


# by akikomoriya | 2018-09-29 11:55 | 日本画

ジャポニスムふたたび 40話

e0240147_19042861.jpg

ジャポニスムふたたび

 

風物の美感じ 「我」捨てる

日本画家 森谷明子

 日本の古典には、春秋どちらを好むかという何とも優美な論争がある。春といえば花、朧月夜、茂れる若葉。そして秋は名月、紅葉、風など。いずれもそれぞれの趣があり、甲乙つけがたい春秋論争である。

 こうした論争で最も古いのが、額田王に春山と秋山を比べさせた万葉集の「春秋の競ひ」である。

「寒さも和らぎ春が来れば、鳥も鳴き始め、花も咲き始めるが、葉が茂ると草深く、近くまで行って花を手に取ることは難しい。一方で秋は色づいた葉をこの手に取ることができる。」というもので、額田王は、はじめ春山を讃えつつも最後に秋山をとる。

 ただ、我々現代人にしてみれば、こうした春秋論争など、随分と暇なことだとつい思ってしまうものだが、森羅万象へのこだわりある観察は、実はよりよく生きるために非常に有効な習慣であった。

放っておけば、際限なく己の欲望達成のみに邁進し、果ては地位と名誉、物質的な贅沢に溺れてしまうのが人間である。この世の混乱の根源ともいえるその自我を滅却するとなれば、時として宗教の門を叩き、難行苦行を重ねることもあるだろう。

花が咲けば花見をし、秋は紅葉狩り、夏は清流を求め、冬は星を仰ぐ。我を忘れ時を忘れ、取り巻く風物の美しさを心から堪能するその繰り返しは、実は知らず知らずのうちに、我を我をと思うその我を忘れさせ、自我に溺れる淵からの救いとなる。

我を捨てれば捨てるほど、風物の美しさは心に深く感じ入り、その喜びを確かめるために、多くの歌人は歌を詠んできた。

春がよいの秋がよいのと論じつつ、霊妙不可思議な森羅万象の変化に対し、絶え間なく耳を澄まし、息を凝らし、目を凝らす習慣。それこそが、「我」を捨て去るための厳しい修行にとってかわる、有難くも美しい、日本流易行道なのである。



# by akikomoriya | 2018-09-17 19:05 | ジャポニスムふたたび