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みなさまのお作品♪

今年の梅雨は涼しく過ごしやすいですが
だんだん農作物が心配になって参りました。
暑ければ暑いで、寒ければ寒いで
心配事は絶えませんが
それでもこうして日々過ごさせていただいているだけでも
本当に有難いことだと思います。
ましてや
好きな絵を描いて暮らせる贅沢に
日々申し訳なさを感じます。
世界中で絵を描くのが好きな子どもはそれこそゴマンとおります。
その中で、生涯を通じて絵を心の友に生きていく余裕のある人が
どれだけいることでしょう。

天然石や色ガラスという高価なものを砕いて作った絵の具を
贅沢にもふんだんに使って制作できる幸せをかみしめつつ
使う絵の具すべてに関わる人々の労にあらためて感謝したいと思います。

さてさて前書きが長くなりましたが
SBSのみなさま
日々精進され、ぐんぐんと腕を上げておられます!

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まずはベテランのHさま!
春らしい猫柳です。
「春は黄色から」と申しますが
黄色はなかなか難しいお色です。
なんといってもすぐに濁るのです。
胡粉やお得意のグレートーンで押さえながら
春先の柔らかい光を表現してくださいました。
猫の毛のような房も丁寧に描けています。
黄色、白、赤い芽、グレーが大変調和しているお作品となりました♪
慣れた筆さばきと独特の視点で
とてもおしゃれなお作品になりました。
いつもながら大変お上手!!!

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おつぎ、Iさま!
お庭のコブシ、しなやかな曲線がとても綺麗です。
春先の少し曇った寒さの残る空気感が出ています。
コブシやモクレンは春の目印。
どんな人にも特別な存在になっていることと思います。
胡粉の白に優しい卵色
ガクの薄緑のバランスが大変良いです。
来春にはぜひお庭の開花より早く玄関に飾ってくださいね~!
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春のお花が続きます♪
お次はNさま!
いつもオイルパステルでスケッチされていらっしゃるNさま。
日本画で仕上げた感じも独特のふんわり感がおありです♪
前回に続き、陶器の感じがすっかりお上手になりました!
陶器の影の色の選択が決まっております。
椿の葉っぱの艶感もよいですね~(*^▽^*)
お得意の陶器をちょっとアップに!
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最後はNさま!
どんな時でも笑顔でいて下るNさま!
お教室のお日様のような存在でいらっしゃいます。
生きてこられた道のりと
その都度こ越えてこられたお経験は
無意識のうちにもお作品に反映されます。
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切れのよい構図と丁寧な色仕事。
重厚感のある幻想的なお作品になりました。
手前の川の幅が大胆に広くなって富士山の三角と対比しています。
見る人の視点は手前から川上へ
そして富士山頂を経て満月に誘われます。
絵を通してこの風景を旅することができます。
素敵なお作品を有難うございます。

ではでは
みなさまのファイトに励まされながら
私も精進してまいりたいと思います。
次回もお楽しみに~(#^.^#)








# by akikomoriya | 2019-07-15 18:20 | SBS学苑 日本画教室

ジャポニスムふたたび 50話

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海の日ですがちょっと肌寒いですね。皆様いかがお過ごしですか?
本日静岡新聞朝刊、「ジャポニスムふたたび  50話」です。

 静岡の花から 日米友好の絆       日本画家 森谷明子

 先日「全米さくらの女王」が来静され、静岡ユネスコの一員として歓迎会に出席した。米国で愛され続ける「ワシントンの桜」は静岡市興津で育てられた桜だという。
 ことのはじまりは、明治にまでさかのぼる。桜の季節に日本に滞在した米国の来訪者たちは、上野や墨田川でくり広げられる花見の情景に圧倒された。一面桜で埋め尽くし、薄紅色の夢幻世界をつくりだす日本人独特の園芸手法。その桜尽くしのただ中で、しばし日常を忘れる人々。桜は北半球温帯に広く分布するものの、日本人ほど熱狂的にこの花を求め、愛でる民族はない。 
 彼らは自国にもこの桜の文化を伝えたいと願った。やがて桜を介して両国の友好を願う日米双方の人々の努力と情熱が、それぞれの政府を動かし、桜の寄贈計画が持ち上がる。
 興津園芸試験場の活躍は、寄生虫や病気のない完ぺきな苗木を作ることだった。海を渡る日米友好の苗木づくりに誇りを感じた技術者らの、職人気質の見せどころであった。
 そして1912年(明治45)、桜に魅せられた人々の夢と希望を受けて、興津で育った6040本の桜の苗木が、ついに太平洋を渡った。
 戦時下のワシントンでは、桜が憎しみの標的として伐採されないよう「日本の桜」ではなく、「東洋の桜」と名前を変えて守られ、終戦後は2年で桜祭りも再開された。その翌年からは「全米さくらの女王」の選出が実施され今日に至る。
日米の友好の絆は、戦争という国家の都合に引き裂かれることなく、現在に引き継がれている。それは「桜を愛でる」という文化の上に築かれた、美しくも堅牢な平和の砦である。
 ちなみに、1915年(大正4)に桜のお礼として米国から「ハナミズキ」が贈られ、現在静岡市の木となっている。
花が築いた平和の砦。静岡という場所に、またひとつ美しい物語を発見した思いである。

森谷明子日本画遊々
http://akikomoriya.jimdo.com/





# by akikomoriya | 2019-07-15 17:53 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 49話

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静岡新聞 今朝の朝刊です♬
ジャポニスムふたたび 49話

 『雨を表す言葉美しさに満ち』       森谷明子

 西洋の古典画で雨を描いたものを見たことがない。

 そもそも西洋において風景画の位置づけは低く、雨に美を感じるといった文化も育たなかったのだろう。

 ゴッホが丹念に模写した浮世絵の中に、広重の名所江戸百景「大橋安宅の夕立ち(おおはしあたけのゆうだち)」があるが、油絵具とブラシで丁寧に描き写された雨筋の一本一本を見るにつけ、ゴッホがどれほどこの作品に心酔していたかが伝わる。

西洋の人々にしてみれば、雨をモチーフとして選んでいることにまず驚き、その雨を糸のように美しい線で表現する手法に衝撃を受けた。

 恵みの雨とはいえ、じめじめと濡れる鬱陶しさは決して喜ばしいものではないが、日本人はその雨を楽しむことができる。雨足の気配を感じ、雨音に耳を傾け、細やかな心で雨を観察している。それは雨を表現する言葉の多さにも表れている。

「にわか雨」、「村雨」、煙るような夕立ちの「白雨」。冬に降る「時雨」、春先にそぼ降る「菜種梅雨」、花を濡らす「紅の雨」、春の長雨「卯の花くたし」、そして「五月雨」、そろそろ梅雨かなと思う「走り梅雨」に梅雨明け間近の「返り梅雨」。

雨に関わる美しい言葉にいざなわれ、ふと気づけば鬱陶しさは消え失せ、趣深い対象として雨を受け止めている。日本人の言葉遊びの巧みさである。

 雨を表す日本語は数百もあるというが、こうした美しい表現は、俳句の季語としてだけでなく、現代を生きる私たちが何気に見聞きする日常のなかに散りばめられている。

 日本人とはつくづく幸せな民族である。 雨、というただそれだけの現象を、何百通りにも味わい尽くす。

 教育とは高次元の感受性を育てるもの、という言葉を聞いたことがあるが、古き良き日本の読み書きの学びには、そうした霊妙で麗しい喜びが満ち満ちていたのだと最近しみじみと思う。



# by akikomoriya | 2019-06-17 20:47 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 48話

静岡新聞朝刊です♬ 今日はどういうわけか掲載された画像をアップできなくてすみません!
文章だけだと寂しいので関係ないですが手持ちのお花の写真を載せます♬

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ジャポニスムふたたび 48話

 天皇言葉に強い言霊意識       森谷明子

翻訳しにくい日本語のひとつに「天皇」がある。

古くは「スメラミコト」ともいい、「大王」などを経て、飛鳥時代に「天皇」に定着し今に至るが、二千年あるいはそれ以上昔から、日本の「まつりごと」(祭・政)の頂点にあり続けた「座」であることだけは間違いない。

日本の古い時代には、神のご神託を受ける女王の「祭」と、それを具現化する男王の「政」の、ふたつがひとつで、これが日本の統治体制の原型であったと考えられる。

「祭・政」のうち「政」の部分は、武士が代行した時代も長く、現在においては議会を通して国民が行っていることになる。

しかし、「祭」つまり「祭祀」だけは、天皇以外の者が代行したことは、日本の歴史上いまだかつて一度もない。つまり、天皇という職務としてもっとも重要なお仕事は、神と人との仲介役としての「祭祀」である。

現在でも、古式ゆかしく執り行われる宮中祭祀では、天皇は歌を歌われる。それは天皇個人の喜怒哀楽ではなく、すべての国民の幸福と安寧を祈願し「言挙げ」するものである。

歌のみならず、天皇が公に対して発する言葉は、万人の上に昇る太陽のように国民を励まし、誰一人として傷付けることのないよう慎重に吟味しながら、最も神聖な言葉だけを自らの言葉として発している。

これだけ言論の自由が確保されている現代においてもなお、天皇の職務に関しては、日本の古典にのっとった、徹底した言霊への意識が求められる。同じ人間でありながらも、その意識のもち方が、天皇と一般人のもっとも異なる点であろう。

おそらくは天皇個人の能力以上に重要視されてきた祭祀と言霊の継承。それが二千年あるいはそれ以上の年月、ひとつの系譜によって守られてきたことが、天皇をエンペラーやキングとは訳せないと感じる所以である。

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# by akikomoriya | 2019-05-27 21:39 | ジャポニスムふたたび

韓国 国境ハンドインハンド

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令和が明けまして皆様いかがお過ごしでしょうか?
私は連休前半に
韓国の38度線付近にある町「鐵原」に行ってきました。

4月27日は...
南北統一を願う韓国側の人々が
国境付近の非武装地帯500キロに沿って手を繋ぐイベント
「国境ハンドインハンド」が行われました。
これは
昨年年4月27日の板門店での南北首脳会談
(南北が分断されて以来初)の成功を受けて企画されたものです。
予定では150万人が参加されるということでしたが
私が参加した鐵原でもたくさんの人々が手を繋ぎに集まっていました。

日本、アメリカ、イスラエル、パレスチナ、イギリス、
インド、カンボジアなど世界14ヵ国の平和活動家をはじめとし
外国人も多数参加していました。

国境付近に立てるだけではなく
現地で行われている勇気ある人々に出会えたことは
私にとって本当に有難い機会でした。
誘ってくださった方、同行してくださった皆さんに
心から感謝申し上げます!

かつて銃弾が飛び交い
現在もまだ回収されない遺体と
200万個の地雷が放置されているという38度線ですが
目を背けることなく
ひたむきに祈り続ける人々や
勇気ある行動を起こす人々の存在を知り
言葉にならない感銘を受けました。

さらに
27日のイベントが成功した瞬間
なんと見上げる空に
太陽を虹が取り囲む「日輪」の現象が!
とても不思議な体験でした。

今回の一連のイベントは
「国境平和学校」校長であるジョン・ジソク牧師という
たった一人の人間の呼びかけに
多くの人や機関が動きました。
YMCAアジア太平洋同盟、江原国立大学、ソウル国立大学など
国内外の多くの賛同を得ています。
第二回、第三回と回を重ねるごとに
さらに多くの人々の知るところとなり
韓半島を動かす揺るぎない潮流となることを心から願い鐵原を後にしました。

★上の写真は「国境平和学校HP」から拝借いたしました



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# by akikomoriya | 2019-05-06 05:37 | 平和な世界を求めて

ジャポニスムふたたび 47話

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ジャポニスムふたたび 47話

八百万の神も「祓え」共通          日本画家 森谷明子

「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」は、西行法師が伊勢神宮を参拝した際に歌った歌である。

 どのような神様がいらっしゃるかはわからないけれど、有難さに思わず涙が出た、という意味であるが、日本の神社というのは実態が不明瞭であるのがよいところであると思う。

 一般的に宗教というのは、教祖がいて教義経典があり、神仏の御名はもちろん、種々な決まり事も明確になっているものなのだが、日本の神道は教祖も教義も存在しない。八百万の神々を祀る一方で、極端に言えばこの世界のすべての人々を受け入れるので、他宗教を信仰する方々でも参拝できる。

 こうした不明瞭さは他の宗教から見れば驚くべきことであり、宗教というよりはむしろ生活文化習慣をとりまとめた、人々の心のよりどころ、という表現がいいのかもしれない。

 もともとは山や岩、滝などをご神体としていたと考えられ、富士山や奈良の三輪山など山そのものをご神体とする形は各地に残っている。その後、祭祀場所として仮の社が作られるようになり、それが神殿となった。

 各神社ごと、祭神もしきたりも千差万別であるのが日本の神社の面白いところであるが、絶対に外せない共通事項として「祓え」がある。

 人生の節目節目で穢れを祓い清めていただく。特定の宗教は持たずとも、罪穢れや禍々しさを身にまとったままでは、運も逃げ願いも叶わないように感じるのが日本人である。まずは祓い清めをしてくれる場所として、日本人の身近な場所にいつも神社があった。

 玉砂利を踏み、手を洗い口を漱ぎ、柏手を打って拝すると、なんとも言えず清々しく、尊いものに触れた心持になる。理由は分からなくとも、そうしたことに有難さを感じることができるのが、西行の時代も今も変わらない日本神道のよさであると思う。 



# by akikomoriya | 2019-04-29 15:45 | ジャポニスムふたたび

みなさまのお作品♬



新年号「令和」に決定いたしまして
気持ちも新たに
今日は清々しい4月1日を迎えることができました。

日本文化を大切にするとともに
日本文化とは何であったかを
一人一人が心から求め
伝えていく時代でありたいと願います♬

さてさて
すっかりご無沙汰しておりました「みなさまのお作品」のご紹介でございます!

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いつも丁寧にお仕事されるTさま
大切にしている木のお人形♬
背景を一工夫
優しい緑色をグレートーンで包みました。
お花も派手過ぎず
お人形が映えます♬
色々な塗り方を体得されて
表現の幅が広がりました!
素晴らしい(#^^#)

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おつぎ、Oさま
いつもお気に入りの山野草を描いていらっしゃいます♬
今回は、鮮やかなオレンジ色と背景のグレーがとても良い感じで
微妙なグラデーションも効いています♬
大変お品のよい仕上がりになっております!
葉っぱのたらし込みの緑、蕾の黄緑、背景の緑がかったグレー
それぞれの緑をしっかり使い分けて
とても繊細なお色味です( *´艸`)
Oさまだんだん極まってきましたね~!
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お次はTさま
熱心なカトリックのTさま
描くものもなんとなく
ヨーロピアンでおしゃれです♪
今回は白い蘭に白い花瓶、色味を押さえてシックにまとめてあります。
大変センスのよいTさま。
落ち着いたお人柄がお作品にも出ております。
素敵な額にあわせたいですね!!!
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お次は大変達者なIさま
お習字もお上手でいつも作品に勢いがあります。
漆塗りの立ち雛に桃の花です♪
お顔の表情が可愛らしい!
お花の入れ方が面白い!
箔もとても良い感じで入りました。
おしゃれな額に入れてくださいね!!!

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お次はNさま
器ものがお上手になりました。
陶器の白い部分は胡粉
青いところは錆群青や藍群青など重ねながら
慎重に制作できました。

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遠目に見ると写真みたいにリアルですね~
近くで見ても素敵!
お見事!

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お次はSさま♬
竹林を背景に
ひっそりと山あいにある藪椿、可愛いですね!
臨場感があります。
椿の赤は日本画の絵の具では難しい。
実際は岩緋よりも赤いけれど
水干の赤では赤すぎるし
いくつもの絵の具を駆使して
椿の赤を出してくださいました。
ところどころ
日に反射している部分がお上手です。
葉っぱの奥の方を思い切って暗くしているのも効果を上げています!
素晴らしい♬

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模写を中心に頑張っておられるUさま
淡い絵の具を薄く重ねる技法、上手くいきましたね。
厚塗りからはじめられて
最近、薄く塗ることもお上手になりました。
次回はお城に挑戦ですね。
どんなお作品になるかまた楽しみにしております!

みなさま本当に一生懸命で
どんどん
お上手になられます♬
日本画はなかなか難しい材料ですが
自分の描きたいイメージをしっかり持って
地道に挑戦されるのがよいと思います。
こういう描き方でないと、という決まりはありません。
自分だけの技法、表現方法を見つけられるように
積極的に挑戦していただきたいと思います。





# by akikomoriya | 2019-04-01 23:41 | SBS学苑 日本画教室

ジャポニスムふたたび 46話

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ジャポニスムふたたび 静岡新聞本日朝刊です♪
  
聡明な判断で守られた文化      日本画家 森谷明子

 飛鳥時代とはまさに激動の時代であった。...
明治を急速な「欧化」とするならば、飛鳥は急速な「唐化」といっていいだろう。
 その飛鳥人の聡明さとは、急がれる国際化の対応のみに溺れることなく、決して手放してはいけない日本古来の文化を、しっかりと見極め、意識的に継承させたことにある。
 たとえば都の造営は唐に倣って碁盤の目に整備し、寺院も唐の建築様式を取り入れた重厚な瓦屋根をもちいる一方で、日本古来の神を祀る神社は、日本の古代様式を継承し、千木鰹木、萱葺きとした。当時の最新式の建築様式で神社が建てられていたならば、現在の伊勢神宮は法隆寺のような建造物であったかもしれない。
 歴史書も、日本の歴史を漢文で記した外国向け公文書としての日本書記と、古い時代からの口伝を苦心して文字化した古事記がある。日本語の文字表記を漢文に依存したままだったら、現代の日本語は今のようではなかっただろう。
 また、漢詩が流行する一方で、万葉集の編纂を行い、身分の貴賤を問わず、全国津々浦々の老若男女の歌謡が収集された。万葉集が編まれなかったら、日本の和歌の文化は途絶えていたかもしれない。
 怒涛のように押し寄せる外来文化の中で、いやおうなしに色褪せてゆく自国の文化を、飛鳥人は聡明な判断と努力をもって継承させている。後に来る平安の御代の国風文化は、飛鳥の礎の上に開いた花であった。
 現代から見れば「古代」に分類される時代において、すでに古きを守り継承させるための取り組みが積極的に行われていたことは興味深い。
明治以降、欧化の一途をたどり、敗戦後の不信感を経て、ふたたび日本文化の真価を見直す時期に来ている今、飛鳥人に倣う聡明な判断と努力が必要とされている。 

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# by akikomoriya | 2019-03-25 19:56 | ジャポニスムふたたび

自然との対話 絵に宿る哲学

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ジャポニスムふたたび

「自然との対話 絵に宿る哲学」 森谷明子

 日本文化の特徴のひとつとして、武芸の技術体得の修練を「道」と呼ぶことにある。本来「道」とは宗教的な分野の習得において使われる用語であるが、日本ではそれを芸事や武術にも使う。

 特に武道などは、極めるほどに禅の悟りや哲学の領域に及ぶことが知られていて、合気道には、相手に触れずして襲い来るものを跳ね返す術があるという。弓道でも、「的と自己との一体化」など、素人には解せない深遠な世界が広がっている。

 では絵画の世界はどうであろう。

残念ながら「画道」と呼ばれるにふさわしい確立された教えはないものの、日本人の絵画表現の中に共通する要因として、「自然への深い観察」があった。しいて言えばこれが日本の「画道」といえるのかもしれない。

信仰について問われ「私は『大自然宗』です」と答えた川合玉堂や、「一枚の葉っぱが手に入ったら、宇宙全体が手に入ります」と言った安田靫彦などは、まさにたゆみない自然への観察を通して、自らの哲学を画業に反映させたといっていいだろう。

 ところで以前、島田市にある個人宅の襖絵に描かれた水墨画を拝見させていただいたことがある。南画の大家、直原玉青の揮毫による松竹梅であったが、その制作風景を映したビデオに興味深いひとコマがあった。

戸外から一匹の蝶が舞い込み、襖の上に描かれた梅の花をめがけて、まさに花から花へと止まったのである。しかも、花の軸が描かれている箇所、つまり蜜のある部分に迷わず羽を止めたように私には見えた。

 あまりに不思議なその現象を、直原は「自然との対話」と朗らかに語っていた。ただそれだけのことであろうけれど、それはまさに、摩訶不思議日本の芸事の極みであると思う出来事であった。




# by akikomoriya | 2019-02-18 22:01 | ジャポニスムふたたび

千葉県市川市 ユネスコ市民公開講座

来月3月2日(土)千葉県市川市ユネスコ市民講座です。
市川駅から徒歩一分
ぜひお立ち寄りください♬
絵本、言霊、日本文化からできる平和への取り組みなどをお話します♪

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# by akikomoriya | 2019-02-11 10:44 | 平和な世界を求めて