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カテゴリ:ジャポニスムふたたび( 42 )

ジャポニスムふたたび 49話

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静岡新聞 今朝の朝刊です♬
ジャポニスムふたたび 49話

 『雨を表す言葉美しさに満ち』       森谷明子

 西洋の古典画で雨を描いたものを見たことがない。

 そもそも西洋において風景画の位置づけは低く、雨に美を感じるといった文化も育たなかったのだろう。

 ゴッホが丹念に模写した浮世絵の中に、広重の名所江戸百景「大橋安宅の夕立ち(おおはしあたけのゆうだち)」があるが、油絵具とブラシで丁寧に描き写された雨筋の一本一本を見るにつけ、ゴッホがどれほどこの作品に心酔していたかが伝わる。

西洋の人々にしてみれば、雨をモチーフとして選んでいることにまず驚き、その雨を糸のように美しい線で表現する手法に衝撃を受けた。

 恵みの雨とはいえ、じめじめと濡れる鬱陶しさは決して喜ばしいものではないが、日本人はその雨を楽しむことができる。雨足の気配を感じ、雨音に耳を傾け、細やかな心で雨を観察している。それは雨を表現する言葉の多さにも表れている。

「にわか雨」、「村雨」、煙るような夕立ちの「白雨」。冬に降る「時雨」、春先にそぼ降る「菜種梅雨」、花を濡らす「紅の雨」、春の長雨「卯の花くたし」、そして「五月雨」、そろそろ梅雨かなと思う「走り梅雨」に梅雨明け間近の「返り梅雨」。

雨に関わる美しい言葉にいざなわれ、ふと気づけば鬱陶しさは消え失せ、趣深い対象として雨を受け止めている。日本人の言葉遊びの巧みさである。

 雨を表す日本語は数百もあるというが、こうした美しい表現は、俳句の季語としてだけでなく、現代を生きる私たちが何気に見聞きする日常のなかに散りばめられている。

 日本人とはつくづく幸せな民族である。 雨、というただそれだけの現象を、何百通りにも味わい尽くす。

 教育とは高次元の感受性を育てるもの、という言葉を聞いたことがあるが、古き良き日本の読み書きの学びには、そうした霊妙で麗しい喜びが満ち満ちていたのだと最近しみじみと思う。



by akikomoriya | 2019-06-17 20:47 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 48話

静岡新聞朝刊です♬ 今日はどういうわけか掲載された画像をアップできなくてすみません!
文章だけだと寂しいので関係ないですが手持ちのお花の写真を載せます♬

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ジャポニスムふたたび 48話

 天皇言葉に強い言霊意識       森谷明子

翻訳しにくい日本語のひとつに「天皇」がある。

古くは「スメラミコト」ともいい、「大王」などを経て、飛鳥時代に「天皇」に定着し今に至るが、二千年あるいはそれ以上昔から、日本の「まつりごと」(祭・政)の頂点にあり続けた「座」であることだけは間違いない。

日本の古い時代には、神のご神託を受ける女王の「祭」と、それを具現化する男王の「政」の、ふたつがひとつで、これが日本の統治体制の原型であったと考えられる。

「祭・政」のうち「政」の部分は、武士が代行した時代も長く、現在においては議会を通して国民が行っていることになる。

しかし、「祭」つまり「祭祀」だけは、天皇以外の者が代行したことは、日本の歴史上いまだかつて一度もない。つまり、天皇という職務としてもっとも重要なお仕事は、神と人との仲介役としての「祭祀」である。

現在でも、古式ゆかしく執り行われる宮中祭祀では、天皇は歌を歌われる。それは天皇個人の喜怒哀楽ではなく、すべての国民の幸福と安寧を祈願し「言挙げ」するものである。

歌のみならず、天皇が公に対して発する言葉は、万人の上に昇る太陽のように国民を励まし、誰一人として傷付けることのないよう慎重に吟味しながら、最も神聖な言葉だけを自らの言葉として発している。

これだけ言論の自由が確保されている現代においてもなお、天皇の職務に関しては、日本の古典にのっとった、徹底した言霊への意識が求められる。同じ人間でありながらも、その意識のもち方が、天皇と一般人のもっとも異なる点であろう。

おそらくは天皇個人の能力以上に重要視されてきた祭祀と言霊の継承。それが二千年あるいはそれ以上の年月、ひとつの系譜によって守られてきたことが、天皇をエンペラーやキングとは訳せないと感じる所以である。

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by akikomoriya | 2019-05-27 21:39 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 47話

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ジャポニスムふたたび 47話

八百万の神も「祓え」共通          日本画家 森谷明子

「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」は、西行法師が伊勢神宮を参拝した際に歌った歌である。

 どのような神様がいらっしゃるかはわからないけれど、有難さに思わず涙が出た、という意味であるが、日本の神社というのは実態が不明瞭であるのがよいところであると思う。

 一般的に宗教というのは、教祖がいて教義経典があり、神仏の御名はもちろん、種々な決まり事も明確になっているものなのだが、日本の神道は教祖も教義も存在しない。八百万の神々を祀る一方で、極端に言えばこの世界のすべての人々を受け入れるので、他宗教を信仰する方々でも参拝できる。

 こうした不明瞭さは他の宗教から見れば驚くべきことであり、宗教というよりはむしろ生活文化習慣をとりまとめた、人々の心のよりどころ、という表現がいいのかもしれない。

 もともとは山や岩、滝などをご神体としていたと考えられ、富士山や奈良の三輪山など山そのものをご神体とする形は各地に残っている。その後、祭祀場所として仮の社が作られるようになり、それが神殿となった。

 各神社ごと、祭神もしきたりも千差万別であるのが日本の神社の面白いところであるが、絶対に外せない共通事項として「祓え」がある。

 人生の節目節目で穢れを祓い清めていただく。特定の宗教は持たずとも、罪穢れや禍々しさを身にまとったままでは、運も逃げ願いも叶わないように感じるのが日本人である。まずは祓い清めをしてくれる場所として、日本人の身近な場所にいつも神社があった。

 玉砂利を踏み、手を洗い口を漱ぎ、柏手を打って拝すると、なんとも言えず清々しく、尊いものに触れた心持になる。理由は分からなくとも、そうしたことに有難さを感じることができるのが、西行の時代も今も変わらない日本神道のよさであると思う。 



by akikomoriya | 2019-04-29 15:45 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 46話

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ジャポニスムふたたび 静岡新聞本日朝刊です♪
  
聡明な判断で守られた文化      日本画家 森谷明子

 飛鳥時代とはまさに激動の時代であった。...
明治を急速な「欧化」とするならば、飛鳥は急速な「唐化」といっていいだろう。
 その飛鳥人の聡明さとは、急がれる国際化の対応のみに溺れることなく、決して手放してはいけない日本古来の文化を、しっかりと見極め、意識的に継承させたことにある。
 たとえば都の造営は唐に倣って碁盤の目に整備し、寺院も唐の建築様式を取り入れた重厚な瓦屋根をもちいる一方で、日本古来の神を祀る神社は、日本の古代様式を継承し、千木鰹木、萱葺きとした。当時の最新式の建築様式で神社が建てられていたならば、現在の伊勢神宮は法隆寺のような建造物であったかもしれない。
 歴史書も、日本の歴史を漢文で記した外国向け公文書としての日本書記と、古い時代からの口伝を苦心して文字化した古事記がある。日本語の文字表記を漢文に依存したままだったら、現代の日本語は今のようではなかっただろう。
 また、漢詩が流行する一方で、万葉集の編纂を行い、身分の貴賤を問わず、全国津々浦々の老若男女の歌謡が収集された。万葉集が編まれなかったら、日本の和歌の文化は途絶えていたかもしれない。
 怒涛のように押し寄せる外来文化の中で、いやおうなしに色褪せてゆく自国の文化を、飛鳥人は聡明な判断と努力をもって継承させている。後に来る平安の御代の国風文化は、飛鳥の礎の上に開いた花であった。
 現代から見れば「古代」に分類される時代において、すでに古きを守り継承させるための取り組みが積極的に行われていたことは興味深い。
明治以降、欧化の一途をたどり、敗戦後の不信感を経て、ふたたび日本文化の真価を見直す時期に来ている今、飛鳥人に倣う聡明な判断と努力が必要とされている。 

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by akikomoriya | 2019-03-25 19:56 | ジャポニスムふたたび

自然との対話 絵に宿る哲学

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ジャポニスムふたたび

「自然との対話 絵に宿る哲学」 森谷明子

 日本文化の特徴のひとつとして、武芸の技術体得の修練を「道」と呼ぶことにある。本来「道」とは宗教的な分野の習得において使われる用語であるが、日本ではそれを芸事や武術にも使う。

 特に武道などは、極めるほどに禅の悟りや哲学の領域に及ぶことが知られていて、合気道には、相手に触れずして襲い来るものを跳ね返す術があるという。弓道でも、「的と自己との一体化」など、素人には解せない深遠な世界が広がっている。

 では絵画の世界はどうであろう。

残念ながら「画道」と呼ばれるにふさわしい確立された教えはないものの、日本人の絵画表現の中に共通する要因として、「自然への深い観察」があった。しいて言えばこれが日本の「画道」といえるのかもしれない。

信仰について問われ「私は『大自然宗』です」と答えた川合玉堂や、「一枚の葉っぱが手に入ったら、宇宙全体が手に入ります」と言った安田靫彦などは、まさにたゆみない自然への観察を通して、自らの哲学を画業に反映させたといっていいだろう。

 ところで以前、島田市にある個人宅の襖絵に描かれた水墨画を拝見させていただいたことがある。南画の大家、直原玉青の揮毫による松竹梅であったが、その制作風景を映したビデオに興味深いひとコマがあった。

戸外から一匹の蝶が舞い込み、襖の上に描かれた梅の花をめがけて、まさに花から花へと止まったのである。しかも、花の軸が描かれている箇所、つまり蜜のある部分に迷わず羽を止めたように私には見えた。

 あまりに不思議なその現象を、直原は「自然との対話」と朗らかに語っていた。ただそれだけのことであろうけれど、それはまさに、摩訶不思議日本の芸事の極みであると思う出来事であった。




by akikomoriya | 2019-02-18 22:01 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 44話

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1月21日 静岡新聞朝刊

ジャポニスムふたたび

日本語の美しさ 最後のとりで      森谷明子

 日本の言霊信仰には「言挙げせぬ」という概念がある。

古代の人々は、言葉を神と人とをつなぐ神聖なものとし、言葉そのものに力があるとも信じていた。不用意に発した言葉は災いの元凶ともなりかねない。「言挙げせぬ」とは、言葉に畏れをもって慎み深く使うべき、といった意味であろう。

 さて、日本人は「NO」と言えない民族として、外国人を困惑させる場面も多い。きちんと意思表示できるように努力する一方で、言葉を慎むかわりにどういったコミュニケーションをとっているのかも伝えていく必要がある。

 日本では、言葉を発する側が表現を慎しむ分、受け取る側の「察する」という力を借りて、つまり双方の歩み寄りによって会話を成立させる不文律がある。双方の息があったところには、いわゆる「以心伝心」「阿吽の呼吸」が成立し、その場合、有り余る言葉を尽くして会話した時よりも、はるかに深い意思の疎通が可能になるものである。

 受け取る側が一歩出ることで、深く温かな共感と認識が成立することは、文学の世界でも同じである。たとえば、和歌や俳句の枕詞や余韻は、察する力を最大限に引き出すための約束事である。逆に察する力をもって受け取らなければ、俳句など、言葉足らずの未熟な表現となってしまうため、双方の高い感性を要する文学形式と言えよう。

「論破」という言葉が飛び交い、証拠の有無でどうとでもゴリ押しできるような昨今の日本の言葉社会。「言挙げせぬ」という言葉への神聖視と、「察する」という想像力をもって成立する深い会話術を、次世代にどうやって伝えていくべきだろうか。

 着物も畳も、八百万の神々への敬意も、長きにわたりこの列島で紡がれてきた多種多様な文化が日常から消えゆく中、日本語の美しさだけが最後の砦となると私は感じている。



by akikomoriya | 2019-01-21 21:55 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 43話

Merry Christmas☆彡12月24日 静岡新聞朝刊です☆彡
ジャポニスムふたたび『深遠な日本美 今こそ世界へ』   森谷明子
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 「浮世絵が日本の美術のすべてではないことを知っていただきたい」。これは、ジャポニスムが席巻するパリで日本美術商を営んでいた、林忠正の言葉である。
林は1900年パリ万博の事務官長であり、ルーブル美術館に浮世絵を寄贈するなど、日本美術を海外に知らしめた功績において、国家レベルの貢献を残した人物である。...
確かに浮世絵は、ある意味分かりやすく刺激の強い表現である。モネは200枚、そしてゴッホに関しては、極貧の中で400枚もの浮世絵をコレクションしていた。特に印象派に対する影響については今更述べるまでもない。現在においても、海外で最も知られた日本の絵画は、北斎の「神奈川沖浪裏」だろう。
しかし日本人なら誰でも、日本美のすべてが浮世絵に集結しているとは思わない。深遠な等伯、洒脱な光琳、源氏物語の優美、そして様々な工芸、建築、庭、染色、和歌俳諧、舞踊等・・・場合によっては縄文にまで遡る日本独自の世界観、価値観、精神性が、そこには潜んでいる。
林も同様に、浮世絵を入り口として、その奥に広がるさらなる日本美の深遠なる世界を伝えたかったに違いない。しかしながら、その「浮世絵の壁」を超えることなく、19世紀のジャポニスムは終焉を迎えてしまった。
「浮世絵の母体であり、日本文化の総体である日本美術を、どうか知っていただきたいのです」。と林はいつも言っていたという。昨今のクールジャパンを見渡したところで、そうした林忠正の懸念は、いまだもって解決されてはいないと感じる。
 このコラムでは、19世紀のジャポニスムでは伝えきれなかった、より繊細で深遠なる日本文化について触れていきたいと思っている。ふたつの大戦によって途絶えてしまった、より深い部分の文化交流がなされる時、それは今であると切実に思う。

 




by akikomoriya | 2018-12-24 23:09 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび42話

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ジャポニスムふたたび 42話



「あはれ」 感じる人間の豊かさ   日本画家 森谷明子



夕焼けの美しい季節になった。清少納言も「秋は夕暮れ」と言っているが、この季節、大空のスクリーンには、緋色、桃色、緑、藍、紫、金、灰色…と、虹の七色以上の微妙で微細な色彩が大胆に溶け合う。

誰もが思わず立ち止まり見とれてしまう美しい夕景だが、その美しさを感じ取ることができるのは、実はこの地球上で人間しかいない。足元の小さな花から海や空まで、この地球という壮大なシアターの観覧チケットを手にしているのは、有難くも人間だけである。

以前、動物園の飼育員をされていた方から、ゴリラだけは夕日に向かって立ち止まる習慣があるという話を聞いたが、美しいものに対してどれだけ深く反応できるかは、サルとヒトの進化の分岐に大きく関わっているように思う。言語能力、道具を作る能力、といった「能力」以前に、美しいもの素晴らしいものに対するより高次元な感受性の有無が、人類の進化を促してきた要因であると思う。

「深く感じ入る」ことを日本の古典では「あはれ」という。これは最も英訳しにくい日本語のひとつでもある。「ああ!あれ!」という感嘆詞を語源とする「あはれ」とは、ただ単に物哀しさや風情を感じるものではない。日本人が「あはれ」の感覚を重んじるのは、「美意識」という人間だけに与えられた特権に敬意を払うとともに、それをより深く、より繊細に充実させることが、人間をより人間らしくさせることにつながると知っていたからだろう。

逆に言えば、深い感受性に支えられないモノづくりや街づくり、あるいは社会システムは、稚拙でもろく崩れやすい。

俳句を作り、歌を詠み、取り巻く世界のミクロからマクロまでを注意深く観察し感じ入る習慣が、人間社会の充実にいかに重要なことかを夕日を眺めつつ思うのである。



by akikomoriya | 2018-11-19 21:29 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび 40話

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ジャポニスムふたたび

 

風物の美感じ 「我」捨てる

日本画家 森谷明子

 日本の古典には、春秋どちらを好むかという何とも優美な論争がある。春といえば花、朧月夜、茂れる若葉。そして秋は名月、紅葉、風など。いずれもそれぞれの趣があり、甲乙つけがたい春秋論争である。

 こうした論争で最も古いのが、額田王に春山と秋山を比べさせた万葉集の「春秋の競ひ」である。

「寒さも和らぎ春が来れば、鳥も鳴き始め、花も咲き始めるが、葉が茂ると草深く、近くまで行って花を手に取ることは難しい。一方で秋は色づいた葉をこの手に取ることができる。」というもので、額田王は、はじめ春山を讃えつつも最後に秋山をとる。

 ただ、我々現代人にしてみれば、こうした春秋論争など、随分と暇なことだとつい思ってしまうものだが、森羅万象へのこだわりある観察は、実はよりよく生きるために非常に有効な習慣であった。

放っておけば、際限なく己の欲望達成のみに邁進し、果ては地位と名誉、物質的な贅沢に溺れてしまうのが人間である。この世の混乱の根源ともいえるその自我を滅却するとなれば、時として宗教の門を叩き、難行苦行を重ねることもあるだろう。

花が咲けば花見をし、秋は紅葉狩り、夏は清流を求め、冬は星を仰ぐ。我を忘れ時を忘れ、取り巻く風物の美しさを心から堪能するその繰り返しは、実は知らず知らずのうちに、我を我をと思うその我を忘れさせ、自我に溺れる淵からの救いとなる。

我を捨てれば捨てるほど、風物の美しさは心に深く感じ入り、その喜びを確かめるために、多くの歌人は歌を詠んできた。

春がよいの秋がよいのと論じつつ、霊妙不可思議な森羅万象の変化に対し、絶え間なく耳を澄まし、息を凝らし、目を凝らす習慣。それこそが、「我」を捨て去るための厳しい修行にとってかわる、有難くも美しい、日本流易行道なのである。



by akikomoriya | 2018-09-17 19:05 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび39話

20日静岡新聞朝刊です。
ジャポニスムふたたび 39

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芭蕉が説いた「誠の表現」



森谷明子


「松のことは松に習え 竹のことは竹に習え」

作句の心構えとして知られる松尾芭蕉の言葉である。様々な解釈があるものの、俳句を作るには技巧云々ではなく、松と自分が一体化すれば、松の句がおのずと湧き上がり、竹と自分が一体化したところから、竹の句ができあがる、といった意味であると私は理解している。対象(自然)との一体化。それは俳句のみならず、日本的な表現全般において共通する指標であろう。

ただその「自然との一体化」とは、口で言うはたやすいが、いかにして一体化すべきか?そもそも人間と自然が一体化できるか?芭蕉によれば、自然と自分が二つに分かれている状態は「誠」ではないという。それは「私意のなす作為」であると。これはなかなか手厳しい。

ところで西洋の美とは長い間、目に見えた世界を忠実に再現することであった。科学的で合理的な技術に支えられて、見えたものを、見えたとおりに再現する。また中国の美とは長い間、精神修養を収めた高僧が、絵や書にその精神性を託すことに価値があった。精神という目には見えない世界がそこには込められた。

だが、日本の場合、技術や精神修養よりも大切なことがある。それはただ「一身に心に感じ入る」ことである。しかしながらこれが意外に難しい。

我を忘れ、時を忘れ、自分というものが全く無くなってしまうほど対象に魅せられる、その一体感が、人に和歌や俳句を詠ませ、物を作らせる。

確かに技術さえあれば、深い感動はなくとも見栄えのよい絵は描ける。しかしそれは芭蕉にいわせれば、「私意のなす作為」となる。「誠にあらず!」と芭蕉に一喝されることになるのだ。

日本文化とは奥が深い。美しいものを前にして我を忘れて見入る、その淀みなく曇りない「人の心」の素直さが、日本文化の「誠」であると私は思う。



by akikomoriya | 2018-08-21 19:11 | ジャポニスムふたたび