カテゴリ:日本文化( 23 )

ジャポニスムふたたび 38話

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月曜日朝刊です♬
ジャポニスムふたたび
美しさと尊大さ 富士山の大義    森谷明子

富士山が国連教育文化機構(ユネスコ)から世界遺産に登録されるという喜ばしいニュースに、日本中が湧き立ったのは平成25年のことであった。しかも「自然遺産」ではなく「文化遺産」として登録されたことに大きな意義があった。
富士山ほど美しい山は世界にはないと我々日本人は思う。その美しさとは、単なる景観的なものではなく、「神」として美しく尊いのである。過去のあまたの絵師たちは、「ご神体」としての富士山に畏敬の念を抱きつつ筆を執ってきた。
「富士山=神」。しかしながらそれは、日本人だから当然に思うのであって、諸外国の人々には、にわかには通じない感覚である。山海草木あらゆるものに神聖さを見出し畏敬の念をもって接する、そんな日本人特有の文化を世界に知ってもらうために、富士山は世界遺産に登録された。
ところで、そのユネスコの発足理念は「不戦への志」である。「戦争は人の心の中に生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」に続く輝かしいユネスコ憲章前文は、世界平和への具体的なアプローチを表明している。
それによれば、戦争の一要因としてお互いの文化風習に対するあまりの無知と不理解をあげている。そして個人レベルでの精神的文化的な繋がりは、政府間の取り組みや紙面上の平和協定よりもむしろ、堅牢な平和の砦となりうるのだとする。過去の数々の「不可侵条約」や「同盟」が、必ずしも戦争の回避に役立ってこなかったことを思えば、ユネスコ憲章は確かに的を射ている。
自分たちにとって当たり前のことが、他にとっては必ずしもそうではない。そのズレが憎しみの元凶となり、殺意にまで発展するという過ちを繰り返さないためにも、ユネスコ活動が今後さらに多くの人々に理解され、社会に広く浸透してゆくことを願っている。




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by akikomoriya | 2018-07-18 00:45 | 日本文化

しずしんギャラリー「夢空間」

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鷹匠の「しずしん本店ギャラリー ゆめ空間」
での展示が始まりました。
今回はしずしんカレンダー制作記念の展示ですが
奉納作品に関しては
ぜひ奉納先のお寺にお足を運んでいただきたく
会場では新作を中心に展示いたしました。

また今日は
お友達が建穂の山から竹を採ってきてくれて
結界を作ってくれました。
生の竹、風情があってとてもよい感じです
なにより
これで安全にご覧いただけます。


カレンダー制作を担当してくださったデザイナーさんご夫妻とは
本当に不思議なご縁で・・・
なんと感謝申し上げていいやら・・・
本当に細部にまでこだわり
何度も何度も何度も
打ち合わせを重ねて吟味してくださいました。

しずしんのカレンダーは
本当にたくさんの目に見えないお導きと
皆さんの温かさとの賜物です
心から心から感謝申し上げます


日吉町駅から徒歩一分
平日3時までですが
お近くお通りの際は
ぜひお寄りくださいませ

それと!明日は静岡ユネスコ70周年の記念講座があります。
こちらもぜひお立ち寄りくださいませ!

★青葉通り沿い「常磐町アイワビル4階」2時~4時です★

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建穂の竹の結界♬


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by akikomoriya | 2018-04-27 21:37 | 日本文化

ジャポニスムふたたび

金曜日夕刊の文芸欄に「ジャポニスムふたたび」が掲載されました♪
ぜひご覧下さいませ。
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ジャポニスムふたたび
   
雛祭りに見る モノ・人・心     日本画家 森谷明子
 
 雛祭りの起源は、平安時代の「流し雛」という風習に始まる。
人形は難を身代わりしてくれるものと信じられ、人々は厄難を人形に託し海や川に流して子どもの無病息災を願った。

 現在でも全国各地の神社で行われる半期に一度の「大祓」で、
その「流し雛」の原型を見ることができる。
「形代」という人の形に切った紙で全身を撫で、息を吹きかけ、
罪や穢れをそれに移してお祓いをする。言ってみればたかが紙一枚。
それが汗や塵埃ならともかく、
目には見えない心身の穢れや災いの元凶をも吸い取ってくれるというのだから有り難いことである。

 日本においては、山海草木、自然のすべてに神が宿るとみなされてきたが、
一見、心も感情も伴わないように見える「モノ」もまた同様に神聖な存在となり得た。
だからこそ、かつての日本人は紙一枚といえど丁重に扱い、無駄なく使い切った。
ところで、今や世界語となった「モッタイナイ」は、
単に節約やリサイクルを奨励するために使われてきた言葉ではない。
「勿体ないお言葉」という使い方からも分かるように、
本来「価値ある物、神聖な物」に対して使う語である。
「モッタイナイ」運動の創始者であるマータイさんは、
この一語に込められた、日本人の「モノ」に対する敬意と愛の意志に感銘したのだという。

 ひとりの子どもが成長してゆく過程には多くの物品が関わる。
雛人形も、単なる人形、ただのモノと言ってしまえばそれきりだが、
未来に起こりうる厄難を肩代わりしてくれるかもしれない神聖な形代であると思えば、
勿体なくも有り難いことである。

 そんな想いを込めて桃の花の一枝も手向けたいと思う。

 
 
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by akikomoriya | 2016-02-29 08:08 | 日本文化

ジャポニスムふたたび

またまたお知らせです♪最近お知らせばっかでごめんなさいm(_ _)m

8日金曜日の静岡新聞夕刊 文化芸術欄に「ジャポニスムふたたび」が載ってます。

昨年からブログでもさんざんしゃべってる「縄文文化」の平和的交渉術についてです。

ちょっと文章が硬く・・・母曰く「いつもながら男の文章だね」・・・チーン(T_T) 
夫は国語の教員ですが「て・に・を・は」と句読点をチェックしてくれるのは有り難いんだけど「もっとしなやかに書けない?」と、こちらからも毎度言われ・・・カチ~ン(>_<)。
語調も主張も強くて文章表現に関しては課題がいっぱいですが・・・内容はかなり吟味しました。
日本文化に関して興味のある方どうぞご覧下さいm(_ _)m

*~*~*~*~*~*
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日本文化根底に縄文流「和」の術           
                    
                        日本画家 森谷明子

日本の文化を総じて「和」というが、和歌俳諧にはじまり、茶花道、武道、絵画工芸、建築造園…日本の伝統文化の根底には、必ずやこの「和」の心得が横たわる。人と人、人と自然、人と宇宙がひとつに調和する日本独自の「和」の文化とは一体どこまで遡ることができるのだろう。
日本列島の先住民である縄文人1万数千年の営みは、戦いの痕跡や武器の出土などはおよそ見られない穏健な文化として知られる。その日本列島は今から約2400年前に一大転機を迎える。中国大陸における春秋戦国時代、世の戦乱を逃れ、朝鮮半島を経由し日本列島に移り住んだ人々がいた。彼ら渡来人は、稲作という豊かさと物事を武力でもって解決するという習癖を持った人々であった。首のない遺骸や全身に鏃を打ち込まれた遺骸などの発掘品は、彼らが如何に好戦的な人々であったかを物語る。
世界各地域において、戦い慣れた侵略者によって先住民が駆逐され、言語や生活信条の多くを失う事例はあまりにも多い。戦いの文化を持たぬ縄文人は、いかにしてこの状況と対峙したか。
日本列島においては、奇跡とも言える例外が起きた。200年という歳月を掛け縄文人はゆるやかに渡来人らと和合し、互いの利点を持ち合わせた平和的な村さえ誕生した。しかも現在私たちが使っている母音を軸とする日本語や、宇宙神・自然神からはじまる日本神話の特異性は、明らかに縄文の系譜である。「非武装・少人数」の縄文人は駆逐されるどころか、圧倒的武力と富を携える多数派の「侵略者」を、文化面において吸収する形で融合したと考えていいだろう。
縄文の流儀が具体的にいかなるものであったかを文献を通して知ることはできない。しかし、現在の日本人の中に、縄文人のDNAは地域差こそあれおおむね3割ほど受け継がれているという。一人ひとりに内在する縄文流「和」の術を目覚めさせるためにも、和歌俳諧、茶華道、武道・・・それら日本の文化を体験することは有効な手段であると思う。

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by akikomoriya | 2016-01-09 11:10 | 日本文化

「阿修羅見たよ!」

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修学旅行中の娘から奈良公園の鹿の写真が!
奈良が好きで家族で良く出掛けたけど
娘が奈良公園で転んで手が汚れたとき
それは土じゃなくて
乾燥した鹿のフンだと思うからよく手を洗っておきなね、といったら
大泣きしたこととを覚えています。

生まれたときから娘は興福寺の「阿修羅」に似ているとずっと思っていた。
手足が長くて少年顔。
本人もすっかり阿修羅好きで「阿修羅見たよ~」とご機嫌なメールです。

ところで
この阿修羅をはじめとする多くの仏像が
実は明治の廃仏毀釈でたたき壊されたり
海外に売り飛ばされたりと散々な目に遭い
岡倉天心の生涯掛けた保存運動がなかったら
奈良も京都も今のように仏像を拝観できることはなかった
という事実・・・意外と知らない人も多いのでは?

阿修羅もその例外ではなく
腕を折られて放置されていて
これらを現状に限りなく近い形で修復したのが
岡倉天心に全幅の信頼を置かれた「新納(にいろ)忠之介」でした。
彼が修復した仏像は千体以上はあったと思います。

戦後、敗戦と共に日本人は日本の文化や伝統に背を向けた、
とよく言いますが
実は明治の極端な欧化主義と
神道と政治のこれまた極端な癒着が
飛鳥時代から脈々と受け継がれてきた
信仰の対象であり、美の極みとも言える仏像を
無意味なものとし
愛国心の証として壊してしまったのです。
日本人の古き良き道徳心は
すでにこの時に大きく崩れ始めていたと私は思います。

時代の流れの中で国民全体が盲てしまったというか、集団の妄想というか・・・これほど怖いものはないと思います。

岡倉天心や廃仏毀釈、神仏分離令・・・といった用語だけなら
日本史の授業で習ったけれど
大学でもこういった日本文化の危機と
民間からはじまったその救済活動については
まったく習いませんでした。

奈良には何かとご縁があるのですが
親しくしている静岡ユネスコのお友達が
偶然にもこの新納忠之介の息子と親友で
資料をどっさりもらったことでやっと私も少しだけ知ることができたところ。

日本文化の廃退がはじまってからすでに150年。
もはや手も着けられないほど日本人は日本の心や文化を軽んじて生きるようになってしまったけれど
大切な物を守ろうとする気概は
官ではなく市井から生じると
奈良の仏像を見ると思うのであります♪

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by akikomoriya | 2015-12-04 21:33 | 日本文化

蝶の夢 ②

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またまた厳島神社でございます(^^)/
社殿に朝日が入ったところをパチリ!よ~く見ると、社殿の後に朝日の虹色の輪がうっすらと見えます!手前の緑の光の輪はオーブではなく、ただのレンズの反射だと思いますが(^^;)
さてさて平家の家紋が蝶であることは良く知られていますが、西国や四国に行くと思いがけないところで蝶の家紋に出会います。

山あいの温泉街で入ったうどんやさんのマークが平家の蝶だったり、スーパーに並んでいる納豆のパッケージが平家の蝶だったり、と平家の蝶は御子孫の方々によって大切に守られているようです。
そういえば大学時代のお友達に家紋が蝶だという人がいました。懐かしいお友達、どうしているかな・・・?

四国祖谷渓の山中には、安徳帝の典医、堀川内記と平国盛の屋敷がありますが、800年に渡り守り続けてきた平家の蝶の赤旗を見ることができます。こちらはなかなか凄みがあります・・・

ところで、蝶の紋を見ると何故か「夢」という言葉が頭に浮かびます。
清盛の生き様は現実よりもむしろ、生涯夢だけを見続けていたような印象があるからかも知れません。
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厳島神社宝物殿には平家納経の一部(レプリカですが)と清盛の請願文の口語訳が展示してあって、「夢に感じたとおりに、たちまちに子弟の栄達を実現しました」という一節があり、やはり清盛は夢の人だな~と思ったのでした。
美の限りを尽くした平家納経も清盛が全プロデュースを手がけたと言いますから、美しいものへの感性が際だった芸術家タイプの人だったのでしょうね。

お世辞にも綺麗とは言い難い干潮時の景観も、日々の手入れも台風のごとに修繕する手間も・・・すべては、大潮満潮時の絶景のため、最高の一点にのみ焦点を合わせ設計されているのだと思います。イメージできうる限りの最高の一点を妥協しない清盛の強引さと情熱が伝わります・・・
お陰様で世界遺産ですから!

つくづく清盛は芸術家肌の、そして夢の人であります・・・

平将門といい清盛といい、平家は権力に対して恐れもなく挑戦し、貴族社会の特権であった自由や美や富を下々の人間に分散させる突破口を作ります。

将門はさらし首、清盛の一門は壇ノ浦で海の藻屑と散りましたが、恐れもなく後先も考えず、夢に向かって夢だけを見つめてぶっ込んでいく清盛や将門の生き様には、どうにもこうにも魅力を感じます♪

は~やれやれ
後ろ髪引かれる安芸宮島厳島神社でございます・・・

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by akikomoriya | 2015-11-30 21:09 | 日本文化

蝶の夢


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連休中に宮島の厳島神社に行ってまいりました。

鎌倉も好きですが
平家ファンの私としては
なんといっても厳島神社!
・・・ということで今日は長々厳島神社について書きまっす(^^)/

絵でも何でもそうですが
作られた作品というものは制作者の分身となって
作者の人柄や思考を如実に映し出します。

大海原に降り立つ鳳のを思わせるような壮観な社殿。
厳島神社は
海に浮かぶ(ように見せる)という奇想天外な発想と飽くなき挑戦。
後先考えずに最高のイメージに向かってぶっ込んでゆく
無邪気で向こう見ずな清盛の人柄を偲ばせます。

かといって
決して歴史に語られるような「傲れる平家」を思わせるような
いかにも権力の象徴的な傲慢な建造物ではなく
禁足地である島そのものに釘を打つことの無いよう
神仏への畏敬を最大限に表現した最も日本人らしい建物のひとつと言えます。
また
海上に建てるという前例のない社殿の維持管理のために、各所に凝らされた工夫は
地元の漁民や大工達と膝をつき合わせて緻密に計算し
何度も図面を引き直したであろう、清盛の懐の深さを垣間見ます。

源氏の世になっても地元の人々によって平家の社殿と荘厳な納経が守り続けられた理由は
それが権力によって押しつけられたものではなく
安芸の国の人々と一丸となって作られた努力の結晶だったからでしょう。

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温暖化による海面上昇や近年の大型台風なども含め
この800年の歳月これだけの社殿を維持管理してゆくことは
いかに困難であったかは想像に難くありません。
実際、厳島神社は年中修繕をしている。

あと15㎝床を高くすれば社殿の維持はずいぶん楽に、安全になる
しかし、その15センチを妥協すれば
大潮の際に海面に浮かび上がるような絶景は当然損なわれる。
美を優先するために
そのギリギリの線で勝負し
自然との共存と絶え間ない人手を前提とした大胆な挑戦。

勝利を得たと言え
猜疑心のあまり骨肉相喰む源氏は一代で絶えますが
海に散った平家一門の美学は800年の歳月色褪せることなく今や世界遺産に!
清盛様もさぞかしご満足でありましょう・・・

修学旅行以来の宮島でしたが
あと何度でも訪れたいと思わせるような
後ろ髪引かれる安芸宮島の厳島神社でした(^^)/







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by akikomoriya | 2015-11-26 11:55 | 日本文化

ジャポニスム ふたたび

11月20日金曜日
静岡新聞夕刊 文化芸術「ジャポニスムふたたび」
『浮世絵、自然・・・「眼の人」モネ』  

興味のある方はぜひ見てね。生涯において一度も日本に渡ることがなかったモネですが、浮世絵や日本の美術品の丹念な研究から、日本の美意識を私生活や制作の中に見事に取り入れています。

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~ ~ ~ ~ ~

ジャポニスムふたたび

浮世絵、自然・・・「眼の人」モネ   日本画家 森谷明子

モネが日本の美術から学んだことはあまりにも多いが、仮にそれを一言で表すとしたら、自然への眼差しの深さだろう。
西洋では長い間人物画が主流であって、風景とは人物の背景にすぎなかった。それが日本の場合、単なる風景描写どころか、尊敬と愛情の眼差しをもって引き出された景色であることに西洋人らは驚いた。風景画に価値を置くという概念そのものが斬新なこころみであった。
社会的な地位を得た晩年のモネは、パリ郊外のジヴェルニーの村に家族と共に移り住むと、近くの川から水を引き込み池を作り、モネなりの日本庭園をこしらえた。北斎の名所絵を参考に日本風の太鼓橋を掛け、日本から柳やユリ、シャクヤクなどの植生を取り寄せたり、水生植物園から入手した熱帯性の色とりどりの睡蓮を池に浮かべたりして、まるで庭師のように日がな一日その庭の世話をしながら制作を続けたという。200点以上にのぼる膨大な睡蓮の連作はそうした庭仕事の中から生まれた。
柳の向こうに池があり、池に睡蓮が浮かび、ゆらぐ水面には雲も映り・・・と幾つものモチーフがオーバーラップするモネ独特の画面構成は、浮世絵の構図を巧みに取り入れたものである。が、モネが日本から得たものとは単なる表現技法に留まるものではなく、日々の手入れを通じ愛情をもって自らの庭を眺めるその眼差しの深さであった。
ところでジヴェルニーの家には浮世絵美術館さながらに、モネがコレクションした浮世絵が展示されている。「モネは眼にすぎない、しかし何と素晴らしき眼なのか」と讃えたのはセザンヌであったが、200枚以上にわたるそれらの浮世絵を日々眺め暮らし丹念に研究し、日本の絵師達の視点や着眼を、完全に自身のものとして応用させたことにモネの凄さがある。
浮世絵を見る眼、自然を見る眼、やはりモネは眼の人であった。

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by akikomoriya | 2015-11-20 21:19 | 日本文化

縄文の夢

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日本画教室のお生徒さんから頂いた柿の葉っぱ。虫食い穴の向こうに何が見えるかな?
(ただカーテンが見えるだけ・・・)

昨夜はNHKスペシャルで縄文遺跡の三内丸山を紹介していました。
縄文文化はホント不思議。まだまだ謎ばかり。

でも、自然と心ひとつに、自然から離れることなく生きることと、
人と人、人と自然の平和的関係を持続する縄文の叡智は、
様々な分野の「日本文化」に今も受け継がれているとあらためて思いました。

DNA的に見ても、土器の造りを見ても、また日本語という言語そのものも、
一万年という歳月戦いもなく平和に持続可能な社会を実現した事実も、
金属器と稲作を持ち込まなくとも豊かに暮らせたことも
・・・何もかもが世界で類を見ない、まったくもって稀有な存在。

よく、「日本の常識は世界の非常識」って言われるけど、
そもそも基盤となっている縄文文化が
これだけ世界の常識とかけ離れたところからスタートしているわけだから、
日本は他国とは違った生き方をして当然かなと思う。

この混乱する世界情勢の中で、
軍隊を持たずになんとか平和を実現しようなんて、普通に考えれば狂気の沙汰。
核武装して強くなって、次に起こるであろう何らかの戦争で手柄を立てて国連常任理事国に躍り出よう!
という発想は凄くよく分かる。
強い日本に、アジアの覇者に、世界のリーダーに・・・!

でもそのありがちなシナリオに、
非常識にもNOと言いたくなるのは、
縄文の血が騒ぐからなんじゃないかと思う。

このまま地球社会が進んで、
100年後に今のように澄んだ空気と青い空と、緑の森が存続しているとは限らない。
むしろそうでない可能性の方が高いと思う。

世界の99パーセントが破滅に向かうとしても、
残りわずかな可能性は、
日本という国が、今何を選択し、どの方向に踏み出すのか、
それに掛かっているように、私は思うのだけれど・・・。
それほど尊く稀有なる日本であると、私は思うのだけれど・・・。

世界の常識を覆す、ユニークで持続可能で、美しくも力強い、
そんな縄文的発想が、この日本列島から芽吹くことを心から願っています
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by akikomoriya | 2015-11-09 08:54 | 日本文化

縄文の夢 ②

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制作中の山桜の絵本、年内には出版されるようで楽しみです♪学習系のシリーズなので、ほとんどのページが写真なのですが、絵のページは5場面あります。楽しみ楽しみ・・・♪

さてさて昨日は、武器武具を持たない平和な縄文文化について書きましたが、これを話すとほとんどの人が、「縄文の精神や交渉術みたいなものを知る方法はないの?」と言います。

どんなものでもいいので日本の伝統文化を習うのが一番良いと思うのですが、とりわけそれをストレートに伝えているのは「合気道」だと思います(^^)/

何と言っても神話の時代の古武術を大正時代に再興したのが合気道で、神話の中でも明らかに縄文の系譜と言われている「イザナギの尊」の武術を蘇らせたものと言われています。

すごいなと思うのが「敵を認めない」という自他一体感が根底にあることです。
しかも、「攻め」はなく、すべてが「受身」。じゃあどうやって敵の殺意を鎮めるのか???理屈としては・・・相手の殺意や戦意といった、不調和なエネルギーに対して、自分は大調和なる宇宙とひとつになって、自我のないまっさらな鏡のように相手に向き合います。

すると・・・相手は鏡を前にして、自らの殺意が自らに跳ね返って、自分自身が吹っ飛ぶ、という原理。

夢物語のような理屈なんですが、達人になってくると、まるで魔法のようにホントに敵が吹っ飛んでいき、開祖に至ってはそこに立っているだけで、向かってくる相手が数メートルも吹っ飛んでしまったという、これはモノクロの映像で見たことがあります。

中国数千年の戦いの歴史を生き抜いてきた戦闘的遺伝子を持つ渡来人達が日本列島に上陸したのが2400年前。彼らはいかにして縄文の系譜に組み込まれていったのか・・・これはまったくもって歴史ミステリーなのですが、武力や富といった強さではまったく太刀打ちできない、何らかの徳性というか、神性みたいなものを、渡来人達は目の当たりにしたのではないかな、と私は思います。でないと、説明が付かない!

摩訶不思議縄文の世界は、まだまだ謎が多いのですが、イザナギの武術と言われる合気道からは、学ぶことがたくさんあるように思います。

途中でやめてしまったので、また習おうかな、と思ってみたり・・・

ではでは明日も一日
澄んだ秋の空のように晴れ晴れと過ごせますように(^^)/

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by akikomoriya | 2015-11-04 18:38 | 日本文化