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カテゴリ:日本文化( 24 )

縄文の夢 ②

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制作中の山桜の絵本、年内には出版されるようで楽しみです♪学習系のシリーズなので、ほとんどのページが写真なのですが、絵のページは5場面あります。楽しみ楽しみ・・・♪

さてさて昨日は、武器武具を持たない平和な縄文文化について書きましたが、これを話すとほとんどの人が、「縄文の精神や交渉術みたいなものを知る方法はないの?」と言います。

どんなものでもいいので日本の伝統文化を習うのが一番良いと思うのですが、とりわけそれをストレートに伝えているのは「合気道」だと思います(^^)/

何と言っても神話の時代の古武術を大正時代に再興したのが合気道で、神話の中でも明らかに縄文の系譜と言われている「イザナギの尊」の武術を蘇らせたものと言われています。

すごいなと思うのが「敵を認めない」という自他一体感が根底にあることです。
しかも、「攻め」はなく、すべてが「受身」。じゃあどうやって敵の殺意を鎮めるのか???理屈としては・・・相手の殺意や戦意といった、不調和なエネルギーに対して、自分は大調和なる宇宙とひとつになって、自我のないまっさらな鏡のように相手に向き合います。

すると・・・相手は鏡を前にして、自らの殺意が自らに跳ね返って、自分自身が吹っ飛ぶ、という原理。

夢物語のような理屈なんですが、達人になってくると、まるで魔法のようにホントに敵が吹っ飛んでいき、開祖に至ってはそこに立っているだけで、向かってくる相手が数メートルも吹っ飛んでしまったという、これはモノクロの映像で見たことがあります。

中国数千年の戦いの歴史を生き抜いてきた戦闘的遺伝子を持つ渡来人達が日本列島に上陸したのが2400年前。彼らはいかにして縄文の系譜に組み込まれていったのか・・・これはまったくもって歴史ミステリーなのですが、武力や富といった強さではまったく太刀打ちできない、何らかの徳性というか、神性みたいなものを、渡来人達は目の当たりにしたのではないかな、と私は思います。でないと、説明が付かない!

摩訶不思議縄文の世界は、まだまだ謎が多いのですが、イザナギの武術と言われる合気道からは、学ぶことがたくさんあるように思います。

途中でやめてしまったので、また習おうかな、と思ってみたり・・・

ではでは明日も一日
澄んだ秋の空のように晴れ晴れと過ごせますように(^^)/

by akikomoriya | 2015-11-04 18:38 | 日本文化

縄文の夢

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今日は一日雨です。
玄関先のリンドウ。朝になると開いて、夕方は傘をつぼめるようにきちっと巻いて店じまい、可愛いけど、なかなか几帳面な子だこと!

夏から取り組んできたサクラの絵本がやっと一段落では~やれやれ。
今日は「ジャポニスムふたたび」の原稿を書いていました。次の次の話題は、縄文にしようかなっと思っています。

中国、韓国、日本は顔だけ見ると見分けが付かないけれど、DNAからすると大違い、というのをご存じでしょうか?中国や朝鮮半島という大陸の文明というものは、長い戦乱の時代を生き抜いてきた人々が住んでいで、彼らは問題ごとを武力で解決する習慣を持った人々でした。彼らと同じDNAは今の日本人の中に7割ほど内在しています。

一方で世界でも稀な、戦いの痕跡を持たない文化で知られる縄文人のDNAは現代でも3割ほど残っています。この3割のDNAが、他のアジアの人々と日本人を分けた特質と言えるようです。

大陸からの渡来人と原住民の縄文人が7:3。普通、こういった場合、言語も文化も侵略者である「多数、武装組」のものが圧制となり、「非武装少人数組」は駆逐されるか、文化的に隷属を余儀なくされるかの運命をたどるのですが・・・日本列島では奇跡が!

弥生以降現在に至るまで、何故か、言語も信仰も原住民である縄文由来が基軸となって、融合発展しているのです。駆逐されるどころか侵略者達を丸め込んでいる!

その証拠に、日本語は世界でほぼ類を見ない「母音」軸の言語であり、類似語は琉球語とポリネシアにわずかに見られるのみです。また自然神を起源とする日本神話は、中国とも韓国とも異なる独自の神話です。いわゆる「和風」「和の心」といった和の文化は、縄文にそのルーツを見ることができるわけです。

最近の研究では、縄文人は高度な精神文化を保持しつつ、あえて、環境破壊と戦争をもたらす物質文明の発展を避けていたのでは、という説もあります。 

恐ろしや縄文!圧倒的強さを誇る武装集団を丸め込む方法とは・・・?まさに現在の日本にこそ、その術を蘇らせたいものですね~・・・

説明が長いでございます・・・端的に700文字にできるかな?
では年明けの静岡新聞をお楽しみに~!

by akikomoriya | 2015-11-02 18:35 | 日本文化

ジャポニスム ふたたび

10月8日静岡新聞夕刊です
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「ジャポニスムふたたび」
~西欧の常識を覆したデフォルメの妙~   日本画家 森谷明子

 
 見えるものを見えたとおりに描く、というのはルネッサンス以降西洋絵画の鉄則であった。本物そっくりに描けない絵描きは失格である。しかしその、「本物そっくり」への願望が「写真技術」の進歩によって成就されると、画家達の存在意義は大きく揺らいだ。 
 行き詰まりを見せていた19世紀末の西洋画壇に、極東の島国から奇妙な絵が舞い込んでくる。浮世絵をはじめとするそれらの絵画は、思いのままに形を歪曲させ、自由な視点で大胆に描かれていたのだ。「見えるとおりに囚われなくていい、感動のままに自由に画面を構成していい」。今となっては当たり前すぎる事項も、長く守られてきた西洋絵画の常識にはないことばかりだった。
 静岡県立美術館で催している「富士山-信仰と芸術-」では様々な富士山の姿が見られるが、葛飾北斎の「凱風快晴」をはじめ、日本人の描く富士山は実物よりも傾斜がきつくデフォルメされたものが多い。日本人にとって富士山への憧れとは、均整の取れた円錐形もさることながら、まずはその高さにあると思う。日月をも隠し、ゆく雲さえもはばかられる、その高き姿に神を見出す震えんばかりの感動を表すには、見えたとおりの寸法を描写するだけでは到底足りない。そこにはおのずデフォルメが加えられ、天にそびえんばかりの霊峰富士となる。
 個々の感情や視点を尊重し、喜怒哀楽という五感を通した感動と、さらには見えないものさえも感受しようとする日本人の芸術表現は、見えるもののみを正確に表現してきた西洋の人々の目に、どれほど眩しく映ったであろう。日本国内における明治期の欧化と時を同じくして、西欧ではジャポニスムによって芸術表現の大変革がもたらされていた。西洋の価値観を根底から覆した自由で大胆な日本人の感覚は電光石火のごとくに広がり、印象派に閃きを与え、抽象芸術を育み、全世界の芸術表現にあらたな息吹を与えたのである。








by akikomoriya | 2015-10-06 21:13 | 日本文化

ジャポニスム ふたたび ⑦

7月28日の静岡新聞夕刊に「ジャポニスムふたたび」が載りました。今回の絵はゴッホの星月夜の模写です。
実は・・・中学校時代、美術部に所属していたときに描いた模写です。校舎改築中の城山中学校のプレハブの片隅で、這いつくばるようにして描いていた記憶が・・・。
一学年360人もいたのに、新入部員は私一人ですごく寂しくて、華やかな吹奏楽部や運動部の活躍がすごく眩しく見えて・・・それでも描きたい学びたいという気持ちは捨てられず、一人で黙々と描いていたな・・・。
あの頃はゴッホのこと何も分からなかったけど、何故かこの渦巻きの絵が気に入っていた。ヒマワリはそれほどでもないけどこの渦巻きは何故か好き・・・
30年以上大事にとってあって、これは私の宝物。
以下は掲載文です。
~ ~ ~ ~ ~

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ジャポニスムふたたび    
「星月夜」にみるゴッホの御神木
                        日本画家 森谷明子
 
 天才画家ゴッホの最初の夢は、牧師になることだった。
牧師の家に生まれ、父親と同じ職業を志した。しかし、伝道師として赴任するも、あまりに激しい信仰への情熱が災いし、周囲との不調和によって教会を追われる身となってしまう。
 失意の内にも画家へと転身し、その後も、聖なるもの、大いなるものを求め続ける溢れんばかりの情熱は止むことがなかった。やがて彼は日本の芸術に出会い、自然への眼差しの深さを知る。そして自然そのものを聖なる存在とする日本の自然観こそが真の宗教ではないだろうかという持論を持つようになった。ゴッホといえばひまわりの連作で知られるが、彼にとってのひまわりはただの花ではなく、聖なる存在、信仰の対象としての自然そのものであった。
 それまでの西欧においても、自然を愛好する動きは当然あったわけだし、環境保全は今や全世界の常識である。しかし、西洋の自然観と日本人の自然観とは真逆である。前者は人間が支配し管理すべき対象としての自然であり、後者は人間を守り育む神秘なる存在である。御神体としての山や岩、しめ縄を張った杉や楠などの御神木、田には田の神が、湖沼には竜神が、各家には火之神、水の神がおわす。森羅万象日本の自然はまさに神づくしである。
死の前年の夏に描かれた「星月夜」は、入院先の病院の丘から見えた風景である。興味深いことに、そこには存在しなかったはずのものがいくつか描き込まれている。そのひとつは遠くに見える教会の塔、そして手前にそびえる巨大な糸杉である。かつて情熱を捧げた教会は街の中に小さくひっそりと見える。一方、巨大な糸杉については様々な解釈があるが、その孤高な姿は、まさに日本の神社にある「御神木」を彷彿とさせる。自然の中に聖なる存在を見出そうとするゴッホの信仰のよりどころ、彼なりの御神木だったのではないかというのが私の持論である。

by akikomoriya | 2015-08-03 15:05 | 日本文化

モネのスイレン

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今日は久々晴れまして
用があり午前中は県立美術館に行ってまいりました。

入口の池にスイレンがプカプカ♪
風が吹くごとにふわ~っと揺れます。
親指姫にでもなりたい気分であります。
まさにモネのスイレンそのものの色合い♪

日本に憧れて近くの川から自宅に水を引き込み池を作り
そこへ日本風の太鼓橋を掛け
柳やアイリス(菖蒲に見立てて)などを植えて
水辺にスイレンを浮かべ
日がな一日庭の手入れをしながらその風景を描いたのが
モネの膨大な「スイレン」の作品群になります。


橋のモデルは広重の「名所絵江戸百景」の亀有天神をモデルにしたらしい。
植生で日本から輸入して取り寄せたのは
ユリ、ボタンなど。

でも肝心のスイレンは
日本の物ではないようです。

日本のスイレンは別名「羊草」
色は白だけです。
小振りでかわいい。
未の刻に咲くから羊草、という説があるんだけど
県立美術館のスイレンは
午前中から咲いていたけど。
羊草じゃないってことかね。
しかもピンクだから改良種ってことかな。

う~ん
分かんなくなってきたよ・・・

パステルカラーのふわっとした色合いを見ると
「わ~モネみたいな色」と人はよく言いますが
モネの作品は
色が濁らないよう配慮しつつも
混色に混色を重ね・・・
白と黒でグレーを出すのではなく
色彩を混ぜた末の微妙なグレーが魅力だと思います。
何故か私は
作品の前に立つと苦悩を感じてしまう。
特に若い頃の作品は。
みんな苦しんで描いていたんだな~と
何故か励まされます。
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by akikomoriya | 2015-07-19 16:53 | 日本文化

七夕

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昨日は七夕でした。

我が家の短冊は白い和紙。
仕事柄、白い和紙だけはたくさんあるので
わざわざ五色にしなくてもいいかな、と思って。
そのかわり
「こより」も手作り。

下宿している長男に「なんか代筆しとく?」とメールしたら
「大学生活楽しいように」だって。
もうすでに楽しいようだけど、もっとってことね。

ずっとまえ
子どもたちが幼稚園の頃
せっかくの中秋の名月が雨で
すすきを切ってきたり
お団子作るのも買うのも面倒になってしまい
「今日は雨だからお月見はないの」と言ったら
「雲の上には出てるよ」と二人に静かに言われたことがありました。
それで
翌日の十六夜でお月見を楽しんだのですが

そんなわけで
我が家は降っても降らなくても年中行事は行うことになっています。

秋ではなく春に紅葉する竹類。
新緑の山々を見わたすと
所々薄茶にもやって見えるカ所は竹や笹が紅葉している色なのですが
その竹類は
この七夕の頃にちょうど新芽が揃います。

揺らすとさやさやと
優しい音がする。

笹は「依代」として使われますが
繊細な葉の一枚一枚が
するりと尖って実はよく切れる。

美しくも神秘的な出で立ち・・・

みんなのお願い事を身につけて
どうぞお星様に取りなしてくださいませ。
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by akikomoriya | 2015-07-08 12:08 | 日本文化

ジャポニスムふたたび 6

「ジャポニスムふたたび」の6回目が
6月5日の静岡新聞夕刊に載りました。 
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戦後70年に知る公望公の先進性
                         日本画家 森谷明子    

静岡市興津にある坐漁荘は、幕末から昭和を生き抜いた元老、西園寺公望の別邸である。徹底した平和外交で知られ、その進歩的思想ゆえに暗殺の危機にさらされる身となり、晩年はこの「坐漁荘」にて日本の将来を杞憂しつつ、太平洋戦争勃発の前年この地にて他界した。
その公望公は1900年(明治33年)のパリ万国博覧会における日本ブースの出展にも深く関わり、ジャポニスムを積極的に推進する優れた文人でもあった。公望公をはじめとする政府高官らのジャポニスムへの期待とは、軍事力ではなく文化の高さをもって日本の価値を世界に知らしめることであった。
日本の文化である「和」とは、人と人、人と自然、人と宇宙がひとつに和する試みである。和歌俳諧に始まり、茶花道、武道、建築造園、絵画工芸に至るまで、和の文化に触れる者は多かれ少なかれその深遠なる精神世界を垣間見ることになる。それは世界に対し新しい価値観を提示するとともに、日本の価値を高めることにも繋がる。「強い国ではなく尊敬される日本に」というのが公望公の理念であった。
ジャポニスムを推し進める人々の、文化の相互理解をもって戦争を回避させようとする理念は、奇しくも第二次世界大戦直後に発足したユネスコがその憲章の前文に掲げる趣旨と見事に重なる。それを思う時、公望公がいかに進んだ視野を持った人物であったかを思い知る。 
 ところで以前、公望公の曾孫にあたりユネスコ国内委員もつとめる西園寺裕夫氏からご自身の活動について伺う機会があった。日本の古き良き心を世界に伝えるべく、地球規模の「和」の試みを提案しているとのこと。文化の力によって世界に平和をもたらすことができるのならばこれほど素晴らしいことはない。「和の国日本」が担う役割は今後ますます大きい。

by akikomoriya | 2015-06-05 21:02 | 日本文化

風日祈の宮

先週末合宿から戻った娘ですが
疲労のあまり口数少なく帰宅しまして
一日爆睡し
元気になってくるとあれこれ話し始めます。

伊勢神宮での合宿でしたが
とにかく朝一番の参拝が
とても気持ち良かったとしきりに言っております。
お伊勢さんはやっぱりいいね~♪

ちょうどその頃
広島では土砂災害の被害が甚大でありました。
五十鈴川を渡ったところに
「風日祈の宮」という天候に関わる神様をお祭りしているお社がありますので
お祈りしてくるように娘にメールで伝えました。

鎌倉時代の元寇の時に
神風を吹かせたとして神格があげられた神様でありますが
私はこのお社がお気に入りです。

なんか素敵♪
ちょいと画像を拝借でございます。

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日祈(ひのみ)とは日々の祈り、日ごとの祈り、と言う意味です。
風雨に対し、日々祈るお宮です。
風日祈(かざひのみ)の宮は
五十鈴川にかけられた「風宮橋」を渡ったところにあります。
宇治橋は観光客やら参拝客やらでいっぱいですが
ここはいつもひっそりと、しずやかなのであります。



by akikomoriya | 2014-08-29 22:02 | 日本文化

事任神社のご神木

先日ヨーガ療法士の友人、通称「のりちゃん」が
我が家を訪れてくださいました。

何かにつけて爽やかなのりちゃん♪
日頃邪悪な私は
のりちゃんにお会いする度に
色々と反省させられるのであります…

今日はご主人と行かれた「事任神社」のお話しをしてくださいました♪
掛川にある「事任神社」は何事も言葉のままになるという
創立年代不詳の古社であります。
言霊の神様と言われておりますが
確か祭神についての詳細は不明で
謎多き神社でございます。

物部系説とするならばニギハヤヒノ命の跡継ぎである美味麻知命(ウマシマチノミコト)
三輪山系とすると大物主の跡継ぎである事代主とも言われ
まあどちらにしても呪術に長けた一族でありますから
随分と格の高い神様であることは間違いありません♪

そこのご神木からパワーが出ているとのこと!
手をかざすと熱?のようなものを感じるらしいです♪

次回伺った折はぜひ手かざししてみようと思います♪

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といいうわけで
画像を拝借でございます♪
詳しくはのりちゃんのブログを御覧下さいませ♪
「ヨーガ療法士katonoriのhappyでhealthyな生活」でございます♪
何故か画面をクリックするとハートが大量に吹き出してくるのであります。
是非やってみてちょ★

今に集中すること、自分を客観的に見つめること
のりちゃんに連れられヨーガの講習会に行き
私も随分と多くを学びました。
恩人であり大切な友人であるのりちゃんであります♪

by akikomoriya | 2014-08-18 10:35 | 日本文化

茅の輪くぐり

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今週の月曜日6月30日は
夏越の祓 (輪くぐりさん)でした♪

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ご本殿前では
巫女さんが鈴のお払いをしてくださいます。

人形(ひとがた)という人間の形の白い紙に
氏名、年齢を書き
体中をその紙で撫でてあらゆる不浄をその紙に移し
自分の分身として神社に納め
お浄めしてもらいます。

よく考えると不思議な習慣ですが
みな当たり前のように黙々とやっている…

この半年
無意識のうちに溜めてしまった罪穢れを払い
きたる夏を健やかに過ごせるようにと祈願することが
夏越の祓の目的なのですが
無意識どころかさんざん意識的に邪悪な想いをまき散らしてきた私でございます…

祓へ~給ひ~浄め~給へ~
と唱えながら「8の字」に茅の輪をくぐりますと…
すっかり清々しい気持ちに!
は~やれやれでございます…

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今年も子どもたちと無事にお浄めを受けることができまして
有り難い限り…

「おがわ」のおでんを食べて帰宅いたしました。
家族も私も、マリアちゃんも、このブログを読んでくださっている方々も
この夏を無事に過ごすことができますように♪

by akikomoriya | 2014-07-05 12:16 | 日本文化