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絵本の楽しみ ⑥

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絵本の仕事をしているとあれこれと小さかったときのことを思いだします。自分はいま42歳ですが、あの頃と感覚はほぼ変わってなくて、大切なものも、大切なこともあまり変化がないように思います。なので、自分はまだ「こども」なのだといつも思います。それで昔のことを「子供だった頃」と言わず、「昔のこと」とか「体が小さかった頃」と言うようにしています。

小学校1年生の冬に、静岡の羽鳥にいた祖母が亡くなりました。長男だった父は、祖父のお世話をするために、とりあえず家族を羽鳥に引っ越させ、本人は単身赴任で週末だけ羽鳥に通っていました。はじめての転校、週末しか会えない父のこと…母も姉もとてもナーバスになっていて、なかなか友達もできない私は、いつもぽつんと一人で遊んでいました。
 
県庁所在地であるはずの静岡市なのに、羽鳥はものすごい田舎で、それまで住んでいた磐田市よりも、び~っくりするほどのどかなところでした。古い風習も色々残っていて、「穴掘り組合」という隣組制度みたいのがあり、それはなんと、土葬の時にお互いのお墓を掘る仲間なのでした…これにはびっくり。

自宅から学校までの間は田んぼしかなくて、田んぼの脇にある用水には時々太い蛇が泳いでいました。あるとき帰宅途中にどこからともなくスースーと寝息のような音が聞こえ、ふと足元を見ると…なんとちいさな蛇がとぐろを巻いて道の真ん中でお昼寝していたのでした。危うく踏むところでした…。タニシやカエルをとったり畑の花を植えたり採ったり、私にとって羽鳥のくらしは、さみしくも楽しいものでした。
 
築200年はする古い造り酒屋の母屋には、土間や釜戸がそのまま残っていて、雨の日には一人で人形を作ったり絵を描いたりして、障子のむこうの雨の音や庭の草木の気配を感じながら、広い和室を広々と使って遊んでいました。今思い返すと確かにあそこには「座敷童」みたいなものがいたなと思います。…そしてその十数年後、そのお屋敷が壊される直前、本当に座敷童を見てしまいました。狐の姿をした座敷童でした。すすけた梁に障子の明かり、雨の音、藁科川、木枯らしの森…不思議で、懐かしい、羽鳥の思い出は私の心の真ん中にいつもずっしりと座っています。

ちょうどそのころ、「花さきやま」という絵本に出会いました。

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「かたあしだちょうのエルフ」の木版画の「黒」も素敵でしたが、切り絵の「黒」もなんともまた魅力的でした。黒い背景の中に浮かび上がる鮮やかな虹色の色彩が、なにか日常から切り取った異次元のようで、またそのころ住んでいた古民家の暗さともあいまって、その頃の私の心にフィットしまくってしまいました。はじめは姉が友人から借りた本だったのですが、その後母に買ってもらい、すごく嬉しかったのを今でも覚えています。この本はもちろん小学校二年生の私の本です。
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今でも山の中をふらつくと、思いもかけず花が群生している場面に出くわします。野生化した朝顔だったり、白いタンポポだったり、そういう風景に出会うと、自分だけのお花畑みたいで幸せな気持ちになります。誰も知らなくても、誰も見ていなくても、花さき山の花が、今さいている、そんな気持ちになります。

絵本の場面は、主人公の「あや」だけが見ている「花さき山」の風景と、現実の風景が交互に出てくるのですが、現実の場面は背景が「白」、「花さき山」の場面は背景が「黒」になっていて、読者も知らず知らすのうちに現実と花さき山を行ったり来たりできるようになっています。絵といい文といい…作者の二人は天才であると心から思います。この絵本の世界に乗せられながら、私も懐かしい羽鳥の家と現実を行ったり来たりしているのです。
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by akikomoriya | 2011-11-27 21:02 | おしゃべり

絵本の楽しみ ⑤

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ポプラ社  おのきがく作 「かたあしだちょうのエルフ」

静かで美しいものがたくさんの「聖マリア幼稚園」を卒園して、私は公立小学校に入学しました。そこは全校生徒2000人という超マンモス校で、1年生だけでも8クラスもありました。あまりに多い子供子供子供…先生もいつも忙しそうで、いちいち細かいことに構っている余裕もありません。

ある日のこと、勢いよくトイレに駆け込んでしゃがんだ瞬間、「プチ」と何かが小さく破裂するような音がしました。なんとパンツのゴムが切れてしまったのでした。小さかった私のパンツはビヨ~ンと広がり、「わ~パンツってこんなに大きかったんだ~」と驚くもつかの間、とりあえずどうしようかと思い、先生に報告しました。スカートの上からずり落ちるパンツを押さえながら、指示を待っている女の子に、先生はテキパキと「上からブルマをはきなさい!」と指導しまたさっさと次の行動に移りました。「先生は忙しくて、的確な指導をするものだ」と、これまたびっくり。

もうひとつ心に残る事件は、隣の席の男の子が、突然私の右のほっぺに「ぶちゅ!」としてきたのです。そのときはそれが愛情とか好意の印であるとは全く知らず、周りの子たちもはやし立てるので、「どうして私の顔に唾を付けるんだろう」と思い、「汚い~」とハンカチでごしごし拭いて終わりになりました。

合理的かつ個人主義的なフランス人の神父様兼園長先生は、バタバタしたことが大嫌いで、昼食も園の給食室で作らせたグルメなお給食を、ゆったりと時間をとって園児に食べさせていましたから、お昼の風景ひとつとっても、小学校と幼稚園ではたいそうなギャップでした。お食事が遅いと掃除が始まってしまうので、残りの食べ物は犬の餌のようにコップに突っ込まれ、それを続けて食べました。そんなこんなで新しい環境になんとか対応する中で、いつしか同じ幼稚園から入学した「かずえちゃん」は、だんだん小学校に来れなくなっていました。

かずえちゃんは「あっ子ちゃんと一緒なら学校にいてもいい」と言っていたらしく、かずえちゃんが登校する日は必ず担任の先生に呼ばれ、かずえちゃんとふたりっきりで図書室で本を読むのがお決まりでした。忙しい先生はかずえちゃんを私に任せてさっさといなくなりました。し~んとしただだっ広い図書室で、私たちはそれぞれ黙って本を読んで過ごしました。

そんなある日、南側の書棚に変わった本を見つけました。ダチョウの絵本でした。エルフというそのダチョウは走るのが凄く速くてみんなの人気者。しかし、みんなを守るためにライオンと闘って足を一本食いちぎられてしまうのです。その後は、生活が一転…みんなを守るどころか自分が生きているのもやっと…そんなある日またクロヒョウがエルフのなかまを襲います…。結末は何度読んでも大泣きしてしまいます。


「犠牲」という行為はカトリックの幼稚園でもおぼろげながら認識してきたつもりでした。しかし、この絵本が伝えるその行為は、何か直接的に私の心を激しく揺さぶるものがありました。「犠牲」は時として「こんなにやってあげてるのよ」という高慢や、不調和にも繋がりかねません。けれども、いざというときにためらうことなく自分の命を投げ出すことのできる生き方に、何か強い衝撃を受けました。「人のためよりまずは自分を大切に」、という考え方は比較的最近言われるようになった気がします。もちろんそれは正しいのだけれど、私心のない純粋な犠牲というものは、真実人を救い、また長く人々を助けるものだと、この本を読んで思います。


かずえちゃんはそれからしばらくして、元気に登校できるようになり、「ふたりっきりの図書室」もなくなりましたが、お陰様で私は素敵な本に巡り会いました。今でもエルフのことは日常の何気ない瞬間に「ゴムの切れたパンツ」や「かずえちゃん」のことと一緒に、たびたび思い出されるのです。
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by akikomoriya | 2011-11-24 22:36 | おしゃべり

絵本の楽しみ ④

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ヘンリー・ウイルビーク・ル・ミラー クリスマスキャロルより

オランダ人の画家、ル・ミラーの作品が大好きです。聖母子像は世界に数多ありますが、こんなに温かい聖母子像はないとおもっています。ル・ミラーの作品が温かいのは、作者が女性だからではないかと、単純に思います。実際世界の名画のほとんどが男性の作者なのですね。

またル・ミラーの描く聖母マリアの魅力は、美しく、優しく温かいだけではなく、何故か強くりんとしたものがあるように私は思います。全身全霊を持ってひとり子を守るような強さが。実際キリストは母の目の前で十字架に磔られ、死に至るまでの三日間を世話したのも母であり、その死体を引き取ったのも母マリアなのですから、強い人でなければキリストの母にはなれなかったでしょう。


ル・ミラーは大変恵まれた環境に生まれ、早くから絵の手ほどきを受け、10代で絵本作家としてデビュー。結婚して子供にも恵まれ、その後夫とともにイスラム教スーフィー派の信者となります。それ以前は愛らしい夢のような子供の絵ばかり描いていたル・ミラーはイスラムの神秘主義に出会った後、東洋的で神秘的な画風へと一転します。彼女の作品のほとんどはスーフィーが所有しているらしく、作品があまり知られていない理由の一つかと思います。ちなみに手元にあるクリスマスキャロルも超レアもので、もう一冊、と思っているのですが、なかなか入手できません。


イスラム教というと日本ではなじみがありませんが、根本は愛の教えです。ヘブライ語で「シャローム」とかアラビア語で「サラーム」とかいう挨拶の言葉は語源が同じで、いずれも「あなたの心に平安を」という意味です。つまり、誰かに会うたび、別れる度に相手の幸せと平和を互いに祈りあう文化なのです。

晩年は慈善事業など人々のために人生を捧げたというル・ミラーの作品は、すでに若い頃の作風からも、取り巻く世界を温かく見つめるまなざしが感じられます。


ところで、先日NHKの番組で、守護天使はいるのか、という内容の放送がありました。いるかいないか、という問いをする以前に、すでに天使の絵やお話のなかで育った私には、逆に奇妙な感じがしてしまうのですが、ひとりひとりの心の中に、自分を導いてくれる確かな存在はやはりいると思うのです。先日、ブータンのワンチク国王が被災地を訪れた際のスピーチが放送されました。それは「一人一人の心の中に龍は住んでいる。その龍はその人の経験を食べて成長する。強い龍になろう。」というものでした。お若いにもかかわらず品格ある国王様でした。哀れみでも同情でもない、毅然としたそして心からの励ましでした。思わず涙が出ました。


天使や龍がいるかいないかと言うより、そうした神秘な存在に、人は導かれて生きていると確信して生きている人は、自然体なのにどこかりんとして、強い印象があります。

ル・ミラーという女性もきっとそんな人ではなかったかと、ひとり想像を広げています。

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Little song of long ago

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Little green rhyme book

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by akikomoriya | 2011-11-22 23:51 | おしゃべり

絵本の楽しみ ③

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昭和47年 こどものせかい より      フラアンジェリコ 受胎告知

 
通園していたカトリック幼稚園で頂いていた「こどものせかい」の裏表紙には、よく世界の切手などが載っていました。今思えばそれらの切手を通して、ロシアのイコンやフラアンジェリコの受胎告知など見ていたわけで、本当に恵まれた環境に育ったと思います。

いじめられたりしてよくめそめそしていた割には、幼稚園は私にとって居心地のいい場所でもあり、卒園した後も姉と一緒に日曜学校に通い続け、中学校にはいるとアメリカ人のシスターから聖書を学ぶようになりました。そのシスターはカナダの修道院で音楽を教えていて、サウンドオブミュージックの主人公マリアにもあったことがあるとかで、ご自身も本当にお声の美しい方でした。そうして何かに付け、私たちのことを気に掛けてくださり、色々なお話をしてくれたり、時としてクリスマスでもないのに素敵なカードをくださいました。それらは今でも宝物です。中でも心に残ったのは「和装の聖母子像」のカードでした。毎年お正月にはそのカードをくださり、なんとも不思議な印象でした。マリア様なのに着物…。そしていつの日か自分も和装のマリア様を描いてみたいと思っていたのですが…それはまだ実現していません。

美しいもの、清らかなもの、心癒されるもの…そんなものたちに囲まれて、自分は本当に幸せでした。大学に入ってから、色々な作品に出会いました。「選ばれる絵」「強い絵」「目立つ絵」「苦悩や問題意識を提示する絵」などなど。でも自分の心の中にある「絵」に対する最初のイメージが、聖母子像であったことは、私にとってとても大きいと、今改めて思います。幼少期から現在に至るまで、辛いこと、悲しいことは山のようにありました。けれど、それらの苦しみを「絵の世界」にぶつけることは、自分には何故かできませんでした。

あるクリスマスに、シスターが洋書の「クリスマスキャロル」の絵本をくださいました。その絵がもう何とも素敵で、本当は姉にくれたものだったのですが、何だかんだいって私がもらってしまいました。後にも先にもその絵本ほど美しい絵本は私にはありません。作家は日本ではほとんど知られていませんが、100年ほど前のオランダ人「ヘンリーウイルビーク・ル・ミラー」という人です。次回はル・ミラーの絵本を紹介します。


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by akikomoriya | 2011-11-21 20:43 | おしゃべり

絵本の楽しみ ②

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昭和47年 こどものせかい より  「みんなげんきです」 絵と文 杉田豊


「こどものせかい」シリーズで出会った絵本に「みんなげんきだよ」という作品があります。杉田豊という世界的に著名なグラフイックデザイナー・イラストレーターの作品で、種になって飛んでいった花の子供たちが、それぞれに根を下ろした場所からお母さんとお父さんにお手紙を送る、というストーリーでした。

灯台のてっぺんや線路の真ん中、ワニの口に中など、思いがけない場所に子供たちは根を下ろしていて「みんなげんき」なのでした。杉田豊の作品はどれも色が鮮やかで配色が美しく、カラーインクのにじみも絶妙で、どれをとってもセンスがよいのです。大学に入学してその「杉田豊」が視覚伝達デザインの教授おをしておられると知り、怖いもの知らずの私は、入学早々早速研究室を訪ねました。
 


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トントンとノックすると、服装も香りもなんだかとってもおしゃれなおじさまが顔を出して、それが杉田先生でした。そして絵本を作りたいという入学したての小娘にてきぱきとアドバイスをくださいました。

「あなた絵画専攻なら、はじめから絵本を描くんじゃなくて、まずは大きな作品を自分の思い通りに描けるようにがんばってみなさい。大きな画面が思い通りに描けるようになれば、絵本の小さな画面は描けるから。」

ということでした。有名な先生だし、上手に追い払われちゃったのかな、と一瞬思いましたが、先生のおっしゃることも一理あるぞ、と思い、そのあとはひそかに絵本の勉強を続けながらも重点は日本画制作に置き、まずは150号の大作を自分の思い通りに描くことに専念したのでした。

しかし、その道のりは遠く、20年以上たった今になっても、未だ達成できないものの、昨年くらいから少しずつ、心に描くイメージと、描き出される画面のギャップが狭まってきたような手応えがありました。それでやっと、自分には絵本を描く資格というか、お許しが出たように思っています。今回の絵本は自分の中では三作目ですが、悔いの残らないような作品に仕上げたいと思っています。 

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by akikomoriya | 2011-11-18 21:07 | おしゃべり

絵本の楽しみ

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昭和47年 こどものせかい より  「ゆきのひのたんじょうび」 絵と文 いわさきちひろ


早くも11月も半ばすぎました。今年も後一ヶ月と少しですね。街はクリスマスの飾り付けで華やいでいますが、私はこれから勝負の今年最後の仕事が残っています。ヤマハから来年二月に出版予定の絵本の制作です。内容はまだ内緒!ですが、絵本の仕事をしていると、昔のことを思い出します。


通園していた幼稚園がカトリック教会付属の幼稚園だったため、カトリック系の子供月刊誌「こどものせかい」という絵本を毎月頂いてきたのですが、その絵本の中で、いわさきちひろの絵やお話をリアルタイムで味わうという幸運に恵まれました。

ちひろの絵は子供心にもやさしくあたたかく、何か独特の雰囲気が感じられたのを覚えています。中でも一番好きだったのが「ゆきのひのたんじょうび」というお話で、お友達のお誕生日におよばれされた「ちいちゃん」がうっかりケーキのろうそくを吹いてしまう事件から始まります。「自分のおたんじょうびじゃないのに~」とみんなになじられてしょんぼり帰宅します。そういう失敗や、周りのお友達の幼さゆえの心ない言葉や責めが、自分の身の上と重なり、何度も何度も読み返しました。

主人公の「ちいちゃん」はおそらく、ちひろさんご本人ではなかったでしょうか?他の「ちいちゃん」のシリーズもすべて、いわさきちひろ文の絵本は、幼心に迫るものがありました。大人になっていく課程で忘れてしまうような、小さな出来事、ちょっとした恥じらい、寂しさ、思いがけない喜び…そんなものがテーマになっています。幼稚園時代が終わっても、その後もずっと、絵だけではなく、物語の優しさに私は魅了され続けています。いわさきちひろという人はきっと、子供の心を忘れていないまま大人になった人なのだと、作品を見て思います。
 

またこの絵本の中で印象に残ったのが、紙をもみくちゃにしてその上に絵を描いている箇所があり、これまた「不思議な描き方だな~」と思っていたのですが、大学に入って日本画を専攻してから、このしわくちゃの紙が「揉み紙」という日本画の技法であると知り驚きました。また書に関しても相当な腕の持ち主であったらしく、デッサンにおける線の美しさも独特のものがあります。

色々な意味で研究熱心な方だったのですね。

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いわさきちひろの作品は、ふんわりとした甘い印象に語られがちですが、巷に多く出回る綺麗なだけの甘い作品と違い、しっかりとしたデッサン力に支えられています。
学生時代に、「こどものせかい」の編集室を尋ねたことがありました。そのとき、編集長さんだった蔵富さんという方がこんなお話をしてくれました。「いわさきちひろは農夫のような骨太なデッサンがあるからこそ、こうした淡い色調の絵が描ける」と。実際膨大な量のデッサンを残し、またモデルがいなくとも一歳と二歳の子供を描き分けることのできたまさに「達人」です。

ところで、社会人になってから絵本の仕事の打ち合わせがありました。絵本の業界では最大手といってもよい出版社でしたが、そこの編集の方が「いわさきちひろはよしてね。ああいう実在感のない作品はだめです。1ページずつ子供をモデルにして写真を撮って、それを見ながら描くような実在性のあるやり方が好ましい。」と言われれてびっくりしました。目の前にモデルがいなくても描けるほど、対象を頭の中に叩き込んでから制作しろ、と絵描き魂?を大学で学んできた私は、返す言葉もないほどあきれ果て、さっさとその仕事を断ってしまいました。あとからバカだと友人に言われましたが…。

今、絵本の仕事をしながら「農夫のような骨太さがあってこそ」という言葉をしみじみと思い出します。そして心からの尊敬を込めて、40年も昔から大切にしている宝物…「月刊 こどものせかい」をめくっているのです。

このいわさきちひろの言葉で心に残るものがあります。

「大人というものはどんなに苦労が多くても、自分の方から人を愛してゆける人間になることなんだと思います。」

今の私には何とも重く響きます。きっとちひろも「周囲の人々の幼さゆえの心ない言葉」に幾度となく傷つきながら、明るい方へ、愛ある生き方へと、自らを導いて生きていたのでしょう。
ちひろの絵はあたたかく、優しく、寂しくて、懐かしい…。




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by akikomoriya | 2011-11-17 22:13 | おしゃべり

色の話

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 10月25日のブログで、日本人は藍色が好き、ということを描きましたが、日本人にとって大切な色がまだあります。好き嫌い、ではなく、日本人に一番尊ばれている色、それは白です。

 古代日本にはおよそ四つの色彩が認識されていました。白、黒、赤、青。中国人にとって中心を意味する黄はおそらくは白に含まれ、青は自然界の色彩全般を指すので、緑やグレーも含みます。黒は不浄や死、赤は肉体や血。そしてその「白黒赤青」の中で最も格の高い色は「白」です。

 厳密に言うと白は「素」であり、白い塗料ではなく、ありのままの色、ということで、木であれば白木、布ならば染料で染めてない晒しが最も尊く、その様子は伊勢神宮に行けば一目瞭然です。朱塗りの鳥居とは元々大陸から伝わった文化で、本来の日本人が聖なる色と見なしたのはやはり「素」「白」です。社も鳥居も橋も白木、布も紙もすべて白です。

 記紀には高天原に入る条件として「明し、直し、清し心」と記され、「清明心」こそが人として最も大切なことであり、国家や天皇に仕えるものの心構えとして「清浄心」が度々問われています。それは「日の光のように明るく、植物のように素直に、水の流れのように清い心」。その最高の心持ちを持つものこそ、高天原の住人に値するわけです。
 

 その象徴が「白」でした。


 そんなわけで、日本人にとって「白」は特別の色です。日本画では基本の「白」として「胡粉」を使いますが、牡蠣やアワビの貝殻の内側を精製したものです。「胡粉」あっての日本画です。淡い柔らかな、日本人好みの湿潤な「白」なのです。これはアクリルや水彩では決して出せない風合いです。


 ただこの「胡粉」の粉を接着剤である膠と練り合わせて絵の具の状態にするには、擦って、練って、叩いて、のばす、という気長な作業が必要で、やはり日本画は気長でないと続きません。

 ところで、以前熱田神宮で巫女をしていた友人に「お守り作ってるときって、何考えてるの?」とアホな質問をしたところ、「手を洗って浄めてから、黙ってお祈りしながら作業するんだよ」と言われ、敬服したことがあります。もしも巫女さんたちが昼ドラのついた部屋で、彼の話なんかしながらお守り作っていたら…さすがにまずいよね~と、改めて思い知ったのでした。
 
 日本人にとって最高の色「白」。海の恩恵から頂いた貝の白。これを扱うときにも、手を洗って祈りながら、擦って練って…の行程に当たりたいと、胡粉の扱いだけは慎重にしています。絵を持つ人にとって、この絵が「お守り」であるように、そして絵を持って以来、よいことが続くよ、と言ってもらえるような「招福」の力を保持できるよう、「白」に祈りを込めて描いています。

 

 
 

 
 
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by akikomoriya | 2011-11-02 23:48 | おしゃべり