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カーネーション ユリ ユリ バラ

日頃何かとお世話になっている書家の椿園先生が無事に赤ちゃんを出産されました。
心よりお祝い申し上げます!
新しい命がひとつ、この地球に授かりました。
美しいもの、喜び、幸せ…この世の素晴らしいものを存分に味わうことが出来ますように…。


赤ちゃんが生まれるときって、神秘的ですよね。

自分の出産の時を思い返しつつ感慨にふけっております。

私は子供の絵が好きですが、特にお気に入りの一枚を今日はご紹介します。

サージェントの「カーネーション ユリ ユリ バラ」です。

夕暮れ時、何度も何度もモデルを立てて、色や質感にしつこくこだわったようです。
女の子の首筋と刈り込んだ後ろ髪がなんとも可愛らしく…くまのプーさんのクリストファーロビンにもこんなポーズがありましたよね。
子供の持っているのはおそらく日本の提灯でしょう。

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シュタイナーの育児書が好きで、子供達が小さい頃いつも参考にしていましたが、シュタイナーによれば、7歳までは夢の中のような静かで、優しく、美しい環境で育てるのがよいそうで、この絵を見ていると、子供が夕暮れの一瞬、夢のような世界で、夢を見ている…そんな気がします。

この絵をリアルな絵というならば、その夢のような空気感を、限りなくリアルに表現していると思います。

夏の終わり、百合の花が咲く頃、この絵をいつも思い出すのです。

椿園先生と赤ちゃんにたくさんたくさん幸せがありますように♪

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by akikomoriya | 2012-08-26 20:28 | おしゃべり

黄色い花

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昨日は展示会の打ち合わせで、フラワーアトリエの鈴木さんが見えました。

わざわざお土産を持ってきてくださる。黄色いブーケ。
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実は今度の展示会では、生まれて初めて?黄色い絵を出品する予定なのです。
今まで、黄色い絵を描いたことがなかった…
自分的にものすごい挑戦!なのです。

黄色というか、光の色のイメージです。

パール系のクリーム色っぽい色は好きなのですが、黄色は今まで苦手で…
すぐ濁るし…扱いにくい…

描くときはいつも「必ず仕上がる、必ず出来る、絶対大丈夫…」と信じながら進んでゆくのですが、今回もかなりドキドキしています。そんなときに、お日様の光のようなひまわりのブーケ♪

ありがとう鈴木さん!必ず納得できる作品に仕上げるよ!

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by akikomoriya | 2012-08-23 20:07 | おしゃべり

上高地の思い出 ③

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上高地を流れる梓川の左岸(穂高に向かって右岸)を歩いてゆくと、清水川という美しい川があります。川の起点から梓川に合流するまで200mほどしかなく、その分透明度の高い、美しい川です。川の周りはイングリッシュガーデンのように高山植物が咲いていました。
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娘はここの風景がいたく気に入り、上高地の清水川もう一度行きたい、とよく言っています。
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こんなに清らかで美しい川も、やがて下流に行くに従い、どろどろした汚い川に変わっていきます。
もし今地上の人類が滅んでしまうと…自然界は数十年で元のような美しい状態に戻るそうです。数百年もすれば、すべての人類の遺産は植物の繁茂する力で完全に消滅するとのこと。千年後に地上に残る人類の遺産があるとすれば、それはエジプトのピラミッドだそうです。
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川の水を手ですくって飲める時代は随分昔になりましたが、もう一度、そんな時代が来るといいな、といつも思います。湧き上がったばかりの透明で純粋な清らかな水を、汚すことなく海へ送ること…。生まれたばかりの透明で純粋な魂を、汚すことなく成長させ、死を迎えるまでそれを貫くこと…どちらも深い愛情と叡智があれば、決して不可能ではないように思います。人類が進化してゆくとしたら、そんな方向に進化してゆきたいです。

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by akikomoriya | 2012-08-14 23:00 | おしゃべり

上高地の思い出 ②

高校時代の恩師は岐阜の高山出身でした。金沢美術工芸大の日本画を出られた方で、その先生が私の担任、および部活の顧問でした。先生のアトリエに連れて行ってもらったとき、日本画の絵の具が棚にずら~り並んでいて、先生の本業は高校教師ではなく、このアトリエでの仕事なんだ、と思い知りました。

それで美術部の合宿は先生の故郷の飛騨高山方面になるわけです。

この先生のお陰で、私は日本画を志すことができて、上高地にも行くことができました。人生の恩人です…。

数年前になくなられる直前、先生の個展会場でお会いしたのが最後でした。あちらに行ってもきっと飛騨の山々の絵を描いていると、いつも思うのです。

3回目に上高地に行ったとき、私は日本画コースの非常勤講師で、先生のもとで働いていました。
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河童橋につき、感無量でいると、先生が突然「あっこ~、この奥にある明神池に行ったことあるか~」とニコニコしながら話しかけてきました。「ないですよ~」というと、「え、ないのか?行ってこい!あれは絶対見た方がいい」というのです。でも自由行動はたった1時間、生徒をほったらかして一人でそんなところ行っていいんですか?と言うと「いいで、とにかく行ってこい」というのです。
私:「ちゃんと1時間で戻れますかね?」
先生:「わからん、どのくらいかかるかは知らんけど、でも行ってこい!」
…ということで、とにかく明神池というところまで、一人で行くことになりました。
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天国のような梓川の左岸に沿って歩くと、あまりの美しさにうっとり…。けれども、とにかく片道30分、往復1時間で行かなくてはいけません。バスの出発まで1時間しかないので、私が遅れたら大変なことになります。
穂高を目指す登山客が大勢いる中、勘違いなリゾートっぽいサンダルで、私は必死になって小走りに走りました。

そのとき、不思議なことが起きました。或る地点まで来たとき、周りの観光客や登山客の雑踏が全く耳に入らなくなったのです。ふと気付くと、白衣の求道者、というか行者さん?が横にいる気配がしました。目には見えないけど、確かに私の横にいる…。同行二人、とは言いますが、私の人生においても、必死になって生きる私と足並みを揃えて苦悩してくれる存在がいつもいるんだ、と思い、また無我夢中で進みました。

そして、ぴったり30分で明神池にたどり着きました。

池の上には思わず声を上げたくなるほどの雄々しき穂高連峰がそびえ立っていました。

何故か懐かしく、遠い遠い昔…まさに神代の時代の記憶が全身に打ち震えるほど蘇り、自分が何故今生きているのか、何故今絵を描いているのか、その理由が瞬時に伝わってきました。その時の感覚はちょっと言葉では表現できません…

この人生において、この場所に来れたことを心から感謝し、今度は梓川右岸に沿って河童橋のバス停へと向かいました。ふと気付くと、もう白衣の行者の姿はなく、横にいてくれたのは、すっきりとした、女性の神様?に変わっていました。

道中たくさんのメッセージが降ってきました。その言葉のひとつひとつを心に刻みながら歩いていると…「この先はもう人間の世界なんだよ」という声がしました。え?と思い、勇気を出して一歩踏み出すと、今まで消えていた、周囲の雑踏…登山客や観光客のおしゃべりや足音などが、ざぁ~っと入ってきて、いつも通りの普通の世界に戻ってしまったのでした。

バス停にたどり着くとぴったり1時間、生徒達はみんなバスに乗って待っていてくれました。先生は「おぅあっこ~行ってきたか~」とのんきな様子で、1時間で帰ってくるの大変だったのに、と思いましたが、この先生の限りなくアバウトな性格のお陰で、私は人生で忘れることのできない貴重な体験をすることができたのでした。

日常の世界に戻っても、今、この1時間の間に見たこと、受け止めたメッセージを、私は決して忘れない、そう思い、梓川を後にしました。

後になって、上高地の名前の由来が「神降地」といって、高天原伝承を残す聖地であると知りました。また河童橋から明神池までのコースは往復2時間くらいかかるのが一般的らしく、別に猛ダッシュしたわけでもないのに、計算したようにぴったり一時間で行ってこられたことも、思えば本当に不思議なことでした。

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辛いことがあるとき、心をニュートラルに戻したいとき、上高地、梓川のほとりを思い出すのです。

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by akikomoriya | 2012-08-11 12:05 | おしゃべり

上高地の思い出

今まで見た風景の中で、一番美しいものは…?と聞かれたら、迷わず「上高地」と答えます。

穂高から流れる梓川のほとり、この世のものとは思えぬ美しさ…

上高地には今までに4回行ったことがあります。

1回目はなんと…夢でした。デジャヴーってやつです。
高校2年生の6月でした。…夢の中で、林を抜けるとそこには、えも言われぬほどの美しい清流が流れていました。さらさらさらさらと流れる透明な水。あまりの美しさに、その夢が覚める時、「私はこの夢が覚めても絶対この風景を忘れない…忘れない…」と念じながら目ざめたことをおぼえています。

そしてその一ヶ月後、美術部の合宿で上高地に行きました。バスを降りるとき、バスガイドさんが「そこの林を抜けると梓川があります」といいました。…これは…?夢で見たあの場所!!かなり興奮して梓川と穂高を仰ぎ見た私でした。

その後、社会人になって、芸術科のある高校に勤務し、高校時代の部活の顧問の先生のもとで働くようになり、再び合宿で上高地を訪れたのが3回目。

これはその時の写真です。20年ほど前の私でございます~♪梓川にかかる「河童橋」です♪観光客でごった返してます。この写真は自分の中でかなり大切な一枚です。
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そして、数年前に両親と子供達を連れて行ったのが4回目です。このさき死ぬまでにあと3回は行きたいですね~。できれば春の上高地も、秋の上高地も、冬の上高地も見てみたい…そして大切な人と一緒に行けたら本当に幸せ…。

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by akikomoriya | 2012-08-10 22:47 | おしゃべり

山岳信仰 ②

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南アルプスに4泊5日で夏山合宿に行っていた息子が、予定より一日早く帰ってきました。
楽しかった~♪景色綺麗だった~♪と、ご機嫌で、お迎えの車の中で、稜線の風景や、疲れる急登、吊り橋やお花畑(ほとんど咲いてなかったみたいだけど)のことなど、ひととおり一気に話してくれました。

お気に入りの場所は、上河内岳からお花畑を通って茶臼岳までの風景とのこと。富士山も見えてよかったよかったね。
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無事に帰ってきてくれて本当によかった…高校入試に合格したときと同じくらい喜びが込み上げました♪

同じ地球の上なのに、ほんの数百メートル上がるだけで、風景も、空気も、何もかも変わります。

不思議なことです。

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by akikomoriya | 2012-08-07 22:45 | おしゃべり

山岳信仰

がんばらないタイプの生き方を貫いてきた長男が、高校生になって山岳部に入りました。

明日は、4泊5日の夏山登山で、南アルプスに行きます。

本人はもちろん親もドキドキ…

知らず知らずのうちに、ちゃんとがんばれる子に成長していたことに、最近気付かされる長男です。
とにかく無事で帰ってきてね!お友達と楽しく過ごせるといいね♪

今日は午前中から買い忘れていたものをあれこれ買い足して、さっきやっと登山靴に防水スプレーをし、紐を通し、なんとか準備完了です。


日本人が山に登ると言うと、そのルーツは奈良時代の役の行者にさかのぼります。いわゆる山岳信仰の開祖です。

静岡の山々も弟子を連れて散々歩き尽くしたそうで、各地に伝承が残っております。

私は渦巻きをテーマに20年ほど描き続けていますが、その始まりは、大学時代に学部のスケッチ旅行で伊豆の「川津七滝」に行ったときのこと。一瞬のうちに変化する、麗しく不可思議な川面の泡の渦の形にすっかり魅了され、それを描き写したことにはじまります。他の人たちは普通にスケッチしていたのですが、私は画面を鉛筆で黒塗りにし、練り消しで白抜きにしながら渦を描いた記憶があります。あれからず~っと渦を描いているのですねェ…我ながら感心感心…

その川津七滝もまた役の行者の修行場のひとつであったと聞き、驚きました。
役の行者のファンなので、嬉しい限り…

最近の渦の作品↓
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自然界からのメッセージがむき出しになって降り注ぐ山の空気を、全身に浴びて帰ってきてね♪

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by akikomoriya | 2012-08-03 21:39 | おしゃべり

万葉集 遠江・駿河・伊豆

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静岡県下には60首ほどの万葉歌があります。
はっきり静岡のもの、と確定できないものも含めてですので、実際はもう少し少ないかもしれませんが、それでも結構多いですよね♪

万葉集と聞くと、どうしても額田王や人麻呂、家持など中央の人々を連想してしまいますが、万葉集の凄いところは、地方の名もない農民や、防人の歌も、天皇や貴族と同等に編まれていることです。1300年前にそんな自由で平等な精神を持った国家はありません。個人の表現、感じ方、芸術において、人は平等であるというのが日本人の流儀です。

というわけで、地元静岡の歌を尋ねあるいております。飛鳥・奈良の万葉ゆかりの地もだ~い好きですが、ここ静岡でもしっかり「いにしえの風」を感じることはできます♪♪


   後れ居て 恋ひつつあらずは 田子の浦の
   
             海人ならましものを 玉藻刈る刈る

                          巻12 3205 


あなたの帰りを待って苦しい恋心を抱えているよりは、いっそ田子の浦の海人になって、何もかも忘れて玉藻を刈っていたほうがまし…

当時は海人は気楽な人の象徴のように思われていたようです。他の地方にも「玉藻刈る刈る」の歌はあるので、原型になるものが、各地の海辺に流布していたのでしょうね。

あお~い海にざぶ~んと飛び込む海人♪

男のことなんて忘れて、ざぶ~んといこう!ざぶ~んと!


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by akikomoriya | 2012-08-01 18:54 | おしゃべり