人気ブログランキング |

<   2015年 08月 ( 15 )   > この月の画像一覧

茨木のり子 「水の星」



私が生まれた1969年という年は
人類が初めて月面に立ち
地球を俯瞰した年でした。

青い色が好きだけれど
その青は
空の青なのか
海の青なのか
ずっと考えていたけれど
自分の好きな青色は地球の青だったんだとあるとき思った。

明日は8月15日
日本の終戦記念日に追悼の念を捧げると共に
世界の終戦記念日がいつの日か訪れるよう
心から祈ります。

ちなみに今日アップした絵は
1969年のアポロではなく
1961年のボストークをモチーフにしたもので
制作中の「世界各国国褒めの歌」のロシアのページです。

詩は私のものではなく
お気に入りの「茨木のり子 水の星」をご紹介いたします♪

e0240147_1241487.jpg

『水の星』   茨木 のり子


宇宙の漆黒の闇のなかを
ひっそりまわる水の星
まわりには仲間もなく親戚もなく
まるで孤独な星なんだ


生まれてこのかた
なにに一番驚いたかと言えば
水一滴もこぼさずに廻る地球を
外からパチリと写した一枚の写真


こういうところに棲んでいましたか
これを見なかった昔のひととは
線引きできるほどの意識の差が出てくる筈なのに
みんなわりあいぼんやりとしている


太陽からの距離がほどほどで
それで水がたっぷりと渦まくのであるらしい
中は火の玉だっていうのに
ありえない不思議 蒼い星


すさまじい洪水の記憶が残り
ノアの箱舟の伝説が生まれたのだろうけれど
善良な者たちだけが選ばれて積まれた船であったのに
子子孫孫のていたらくを見れば この言い伝えもいたって怪しい


軌道を逸れることもなく いまだ死の星にもならず
いのちの豊饒を抱えながら
どこかさびしげな 水の星
極小の一分子でもある人間が ゆえなくさびしいのもあたりまえで


あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう


by akikomoriya | 2015-08-14 12:47 | おしゃべり

くた~っと すい~っと

毎日暑いです。
暑さだけでなく水蒸気の多さに閉口・・・

南極北極の氷が溶けて
地球は水分バランスが乱れまくっております。

先日娘を連れて「針」の先生にお世話になりましたが
エアコンは使わず
冷風機と扇風機と
枕元の保冷剤で過ごしておられる・・・お見事!

エアコンを使わないように
風通しのいい設計で家を建てましたが
今年の我が家はもうエアコン使いまくり・・・
は~(>_<)

日本平から見ているだけで暑くなるレッサーパンダちゃんと
見ているだけで涼しくなるゴマフアザラシ君をお届けしま~す!

e0240147_16192318.jpg

くたあ~
e0240147_16193979.jpg
e0240147_16195152.jpg
e0240147_1620018.jpg

すい~っとすい~っと・・・

by akikomoriya | 2015-08-12 16:20 | おしゃべり

シフトチェンジ

今日も暑いです!
今、教会附属幼稚園に贈る天使の絵を描いております。
今年のクリスマスまでには何とか間に合わせたいところ!
群青の背景に金色の光背★
今できうる限りの最高級のスペシャル天使を描きたいと思っております!
e0240147_1546284.jpg

ところで
私は幼稚園から大学入学までカトリックの教会に随分とお世話になって育ちましたが
カトリックの世界には信者なら誰でも知っている
バチカン公認の「ファティマの預言」という不思議な預言があります。

1917年第一次世界大戦の最中
ポルトガルの貧しい農村の3人の羊飼いの子供に
なんと聖母マリアが現れます。
その後も
約束の時間に約束の場所に行くとちゃんとマリア様が現れるのですが
噂を聞いて最後には数万人の人々が駆けつける事態となる。
けれど
マリア様の姿が見えたのは3人の子供だけで
他の人々に見えたのは
光る球と、柊の梢から天に舞い上がる煙のような雲
そしてバラのような芳香を感じただけ・・・

その3人の子どもたちは
何回かに分けてマリア様に面会し
幾つかのメッセージを託されます。
その中で
第一次世界大戦の終結と
第二次世界大戦の勃発とその惨状などを預言されますが
最後の預言は「1960年になるまで明かしてはいけない」と封印され
それはバチカンのローマ法王に委託されます。

やがて時が来て1960年になり
ついに法王がそれを開いたとき・・・
あまりの内容に法王は椅子から転げ落ち気を失い
結局公表されることはなかった。

次の法王も
その次の法王も・・・
一時的に精神が混乱し
恐れおののき再び封印してしまう。

カトリックの頂点に立つ法王を驚愕させる預言の内容とは・・・?
それは3人の羊飼いと
歴代のローマ法王しか知らぬこと。

ただ今の時代
核兵器がいつテロリストの手に渡るかも分からない
また、日本の海岸沿いにある原発にミサイルが突っ込まないという保障はない
そんな危うい時代に私たちが生きていることは明白です。

世界の国々が今までと同じ思考回路で
外交や防衛、戦略を考えている間は
預言の実現を待っているだけのようなものだと思うのです。

平和に対してまったく新しいアプローチを生み出すこと。
それは意外と身近なことからはじまるのだと思います。
家族や大切な人との絆を大切にするとか
苦手だと思う人や意見の違う人とも
なんとか折り合いを付けてゆける柔軟さをもつとか
守られていることを感じながら生きるとか
憎しみや怒りを生きる希望にかえる術を身につけるとか
今あるすべてに感謝できる自分になれるとか・・・

そうして誰もが自分の運命を塗り替え
自分の人生を創造してゆく力を付けたときにこそ
その力は大きなうねりとなって
時代の流れを変え
預言をはずしてゆく原動力となってゆくのだと
私は思います。
e0240147_15451937.jpg



by akikomoriya | 2015-08-06 14:51 | 平和な世界を求めて

戦後70年に 

数日前の月
マイカメラは赤色が強く出ることもあって
なんか燃えるような月になってしまった(^^;)
e0240147_2124960.jpg

早くも8月で
今年は戦後70年と言うこともあり
また例の安保騒動で
平和のことを考える機会が以前にも増して増えました。

ところで絵描きは変人とか絵描きの考えてることはよく分かんないとか
色々なことを言われますが
実際自分も含めて変わっている人は多いと思います。

筑波大学芸術専門学群で学んでいた頃
おもしろいことがありました。
日本画だけでなく洋画、版画、芸術学、デザイン分野にもたくさんお友達がいましたが
自分の前世の死に際を夢で追体験していて覚えている
と言う人が何人かいたのです。

それは子供のころから夢で見るそうなのですが
別に戦争映画やテレビなどの影響ではなく
本当に小さい頃から繰り返し繰り返し見ていたというのです。

例えば
あるよく晴れた夏の朝
みんなでどこかに向かって歩いていたら
警報が鳴ったので近くの塀に隠れると
一瞬
もの凄い閃光と突風で
ふと気が付くと周りのみんなは倒れていた
おびただしい死体を踏みながら
水を求めて歩くところでいつも夢は覚めるんだそうです。
その子は日本画専攻でしたが何故か水たまりの絵ばっかり描いていました。

また別の子は
特効で突っ込む瞬間を繰り返し見るとのこと。
うわ~って感じで
怖いなんてもんじゃないよという。
その人はうらさびた工場や飛行船のような鉄の塊ばっかり描いていて
何で日本画でこんなもの描くんだろうといつも思っていました。

またある子は
夢に出てくる舞台は、東南アジアか沖縄かその当たりの風景で
後から爆弾が追ってきて
みんなで必死に逃げるんだけど
最後の一撃で吹っ飛んでしまう死の瞬間まで繰り返し夢に見るという子
その子は
色の付いた絵は描けなくて
版画専攻に移って黒と白で枯れ木や骸骨ばっかりを制作していた。

思い出せばまだまだいます・・・

絵を描くことによる効能というのは様々ありますが
そのひとつに
魂を癒すという作用は絶大です。
癒しの効果については自分自身も日々体験するけれど
高校生の作品を見ていても
描くことで、吐き出し癒し
描き尽くすことで次の自分を見つけてゆく
ということはよくあることです。
絵とは本当に不思議なもので
描き手の思いや心情はもとより、魂までも映し出す忠実な鏡です。


ただその話を聞いたとき
今の若い子は戦後生まれで戦争の悲惨さを知らないから、とよく言われますが
今の若いこの中にこそ
戦争の本当の悲惨さを体験している魂を持った子が多いんじゃないかと。

戦争に反対する若者の中には
本当に心の底から、魂の底から
「もう懲り懲り!」と叫んでいる人たちもいるのではないかと
最近のニュースを見ながら思うのです。
彼らの声に耳を向けることは
高齢になった戦争体験者の話を聞くのと同じように
必要なことだと私は思います。


by akikomoriya | 2015-08-03 21:08 | 平和な世界を求めて

ジャポニスム ふたたび ⑦

7月28日の静岡新聞夕刊に「ジャポニスムふたたび」が載りました。今回の絵はゴッホの星月夜の模写です。
実は・・・中学校時代、美術部に所属していたときに描いた模写です。校舎改築中の城山中学校のプレハブの片隅で、這いつくばるようにして描いていた記憶が・・・。
一学年360人もいたのに、新入部員は私一人ですごく寂しくて、華やかな吹奏楽部や運動部の活躍がすごく眩しく見えて・・・それでも描きたい学びたいという気持ちは捨てられず、一人で黙々と描いていたな・・・。
あの頃はゴッホのこと何も分からなかったけど、何故かこの渦巻きの絵が気に入っていた。ヒマワリはそれほどでもないけどこの渦巻きは何故か好き・・・
30年以上大事にとってあって、これは私の宝物。
以下は掲載文です。
~ ~ ~ ~ ~

e0240147_1543970.jpg



ジャポニスムふたたび    
「星月夜」にみるゴッホの御神木
                        日本画家 森谷明子
 
 天才画家ゴッホの最初の夢は、牧師になることだった。
牧師の家に生まれ、父親と同じ職業を志した。しかし、伝道師として赴任するも、あまりに激しい信仰への情熱が災いし、周囲との不調和によって教会を追われる身となってしまう。
 失意の内にも画家へと転身し、その後も、聖なるもの、大いなるものを求め続ける溢れんばかりの情熱は止むことがなかった。やがて彼は日本の芸術に出会い、自然への眼差しの深さを知る。そして自然そのものを聖なる存在とする日本の自然観こそが真の宗教ではないだろうかという持論を持つようになった。ゴッホといえばひまわりの連作で知られるが、彼にとってのひまわりはただの花ではなく、聖なる存在、信仰の対象としての自然そのものであった。
 それまでの西欧においても、自然を愛好する動きは当然あったわけだし、環境保全は今や全世界の常識である。しかし、西洋の自然観と日本人の自然観とは真逆である。前者は人間が支配し管理すべき対象としての自然であり、後者は人間を守り育む神秘なる存在である。御神体としての山や岩、しめ縄を張った杉や楠などの御神木、田には田の神が、湖沼には竜神が、各家には火之神、水の神がおわす。森羅万象日本の自然はまさに神づくしである。
死の前年の夏に描かれた「星月夜」は、入院先の病院の丘から見えた風景である。興味深いことに、そこには存在しなかったはずのものがいくつか描き込まれている。そのひとつは遠くに見える教会の塔、そして手前にそびえる巨大な糸杉である。かつて情熱を捧げた教会は街の中に小さくひっそりと見える。一方、巨大な糸杉については様々な解釈があるが、その孤高な姿は、まさに日本の神社にある「御神木」を彷彿とさせる。自然の中に聖なる存在を見出そうとするゴッホの信仰のよりどころ、彼なりの御神木だったのではないかというのが私の持論である。

by akikomoriya | 2015-08-03 15:05 | 日本文化