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ドイツすずらん

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日本画教室のお生徒さんに頂いたドイツすずらん。
見かけは可愛らしいけど香りが強い。
お花屋さんで時々見かけるけれど
すずらんの花束って
とっても贅沢な感じがする。

あちらこちら
落ち着かないニュースが続き
熊本、大分はもちろん、それと前後して
環太平洋は4月に入り
火山噴火と地震が相次いでいます。

ちょっと調べてみたら
南米エクアドルでもM7.8
グアテマラでM6.2
チリ、アフガニスタン、ミャンマーでもM6以上の地震
噴火は14日過ぎから南北アメリカで4箇所・・・

こうなると
今日という一日が無事であることの方が
奇跡に近いように思います。

大地は揺れるのだということを
前提に生きてこなくてはいけなかったと
気をつけていたつもりが
まあいいか、になっていた自分に気が付きます。

ところで
鳥取にいる通称「忍ちゃん」は私の大好きなお友達のひとりですが
忍ちゃんは鳥取生まれの鳥取育ち、鳥取が大好きで、
「何がいいの?」と聞くと
「何にもないところ」と言います。

阪神淡路大震災の少し後
鳥取でもM7.3のかなり大きな地震がありました。
けれども大した報道はされませんでした。
死者も0で、おばあさんがちょっとけがをした程度ですんだそうです。

被害がなかった原因は
とにかく鳥取は「何もない」ので被害もないのだそう。
家があっても豪雪に備えて造りが頑丈なんだそうです。

静岡の登呂遺跡公園は
弥生の住居が再現されている歴史公園ですが
家同志が過密し過ぎない距離感と
重心を下に持ってくるどっしりした造り・・・
もし、東海大震災が来ても
ここの集落は大した被害はないだろうなといつも思います。

アトリエ付きの大きな二世帯住宅にしてしまった我が家・・・
色々反省し、色々考えてしまいます・・・

避難されている方々
お家が倒壊してしまった方々に
何らかの道が開かれ
落ち着いて過ごせる日が一日も早く来ますように
そして今日という一日が
世界中どこにいても誰にとっても平和な一日であるように!

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by akikomoriya | 2016-04-25 09:35 | おしゃべり

祈りは最善値を導く


最初に地震の速報があったとき
まさかこんな事態になるとは思わず
とても辛い・・・

今日の静岡は爽やかに晴れて
いつもと何一つ変わらぬ暮らしが続いているけれど
心だけは、思うたび、ニュースを見るたびごとに
一呼吸置いて祈りを捧げよう・・・

祈りは最善値を導くっていう言葉がある。
じっさい体を動かして少しでも役に立ちたいと思うけれど
祈る想いもまた、誰に感謝されることも無いけれど
人知れず
一番助けを必要とする人や場所へ
エネルギーとして注がれ
偶然を装って
必要な人と出会ったり
必要なものが与えられたり
助け出されたりするに違いない

一番必要な人と場所へ
エネルギーが届くことを強く信じて!

地震の被害に遭っているすべての方々に
最善の道がひらけ
一番良いように導かれていきますように!!!
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by akikomoriya | 2016-04-18 21:19 | 平和な世界を求めて

散りなんのちに



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私のお気に入り♪
大島系山桜!

昨夜からの雨でしたが
静岡市内はまだ6分咲きくらいのところが多く
明日からまたゆっくり花見して歩こう!

吉野山中から日本全国
桜を求めて彷徨い歩いたという西行法師ではないけれど
この時期って、桜のことばっかり考えてしまう。

桜が散ってやっと正気に戻って
自分の身に帰ってくるのかなって
西行の気持ち、分かる気がする。

あくがるる 心はさても山桜
   散りなんのちや 身にかへるべき

ではでは明日も一日
美しい世界は一人ひとりの手のひらの中に!

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by akikomoriya | 2016-04-04 20:48 | おしゃべり

花冷え



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仏は常にいませども うつつならぬぞあはれなる
人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ
遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ
遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ


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by akikomoriya | 2016-04-03 11:59 | おしゃべり

ジャポニスムふたたび 12

4月1日 静岡新聞夕刊に「ジャポニスムふたたび」が載りました。
今日は散りゆく桜についてです♪

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ジャポニスムふたたび
   
散りゆく花 躍動と異次元      日本画家 森谷明子
 
「花散らふ この向つ峯の乎那の峯の ひじにつくまで 君が齢もがも」 (花が降りしきる向こうの峯の乎那の峯の裾野がずっとのびて湖の泥につかるまで我が君のお命が長くあるように)万葉集巻14・3448
浜名湖の北、猪鼻湖を望む三ヶ日町乎那の峯(浜松市北区)を歌ったとされる万葉歌。ちょっと聞き慣れないこの「花散らふ」は、「花散る」と比べ、より動的な意味合いを込めた表現であって、花がひっきりなしに散り続けている様の、めでたさを讃える言葉である。まさに祝事・慶事に舞い散り降りそそぐ、花吹雪のイメージがそれである。
古くから日本人は散りゆく花を好んだ。万葉集で最も多く歌われた花は萩、次いで梅であるが、萩は「散る」ではなく、こだわりを持って「こぼれる」と歌われた。実際萩が散る様は、吹く風ごとに涙がこぼれるように、はらり、とこぼれ落ちる。そして梅は、「天から雪が流れ来るよう」と讃えられる。さらに平安になってからは、「花」と言えば桜を指すほど国民に広く愛される存在となった桜は、言うまでもなく散り際の美しさにおいて群を抜いている。
一輪ずつの美しさよりも、動画的な躍動感と異次元に誘い込むような空間演出を求めるならば、萩、梅、桜の散り際は確かに魅力がある。ひっきりなしに散りゆく花の下で、人は、我を忘れ時を忘れ、恍惚として酔いしれる。
日本人は控えめな民族だと思われがちだが、芸術表現の面から見ると、実に大胆で動的である。一枚の静止画面から溢れ出た情景は、横へ横へと展開し絵巻物となり、現代の漫画やアニメの礎となった。動画的表現は古くより日本人の得意とする分野なのだ。
冒頭の乎那の峯には、「三ヶ日桜」というここにだけ見られる自生種の八重桜がある。満開前の桜を静かに見るのもいいが、満開過ぎの「花散らふ」桜を、今年は乎那の峯で楽しむのもいいかなと思っている。
 

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by akikomoriya | 2016-04-01 19:30 | ジャポニスムふたたび