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イスラエル、パレスチナの平和

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今月6日のトランプ大統領の爆弾発言
「エルサレムをイスラエルの首都に」の影響が広がっています。
人類の混乱の元凶ともいえるエルサレム。

聖地でありながら
このエルサレムを巡って...
どれほど多くの血が流されたことでしょう・・・

先週もまた
非武装の一般人、しかもすでにイスラエルからの爆撃で
両足を失い身障者として働いていた男性が
エルサレムでパレスチナの旗を振っていたというだけで殺害される。

キリストの教えで最も実行が難しいと言われるのが
「汝の敵を愛せ」。
「許せ」、ならまだしも「愛せ」とは・・・

ところで私が代表となって立ち上げた絵本屋さん「牧羊舎」では
イスラエルとパレスチナの女性たちによる
「WWP」というグループを応援しています。

子どもや夫、家族を殺された女性たちが
その悲しみと怒りをこえて
全体のために双方の平和的解決を呼びかけています。

来年6月10日には、この「WWP」が世界に呼びかける
「平和のキルト」のワークショップを
静岡市内で行う企画があり牧羊舎も協賛することになりました。
岡崎で福祉活動を行っている「MAHARO」さんの企画です。


汝の敵を愛するということは
途方もないことかもしれない。
しかし
「WWP」の勇気ある女性たちの存在は
その途方もない愛と許しの教えとは
神や仏や覚者らのものではなく
はたまた気の遠くなるような修行の果てにたどり着く境地ではなく
迷い、苦しみ、悩み、日々揺らぐ普通の人間でも
実行可能なものであると
世界にそう教えてくれています。


イスラエルが平和でありますように!
パレスチナが平和でありますように!
全世界のすべての人々が平和でありますように!


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by akikomoriya | 2017-12-19 21:25 | 平和な世界を求めて

マリアさまの話

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聖職者であり画家でもあった
フランジェリコの「受胎告知」です♬
見ているだけで心現れる受胎告知であります。

さてさて...
クリスマスはキリストの誕生を祝うものではありますが
私としてはマリア様お疲れさま~の気持ちが強いです。


だってそもそも
この世に馬小屋で出産する女性がどれほどいるでしょうか?

「イスラエルの王」が生まれるという予言を恐れたヘロデ王は
ベツレヘムで生まれた二歳以下の男の子を皆殺しに!
そうした追手から逃れ逃れて
臨月の体でさまよって
やっと貸してもらえたのがなんと馬小屋(/ω\)
も~ありえないよ~(/ω\)


けれどもマリアの苦悩はこれで終わりません(/ω\)
十字架に貼り付けにされた息子を見舞って
毎日息子の口に水を含ませ
ついに亡くなったその死体を引き取ったのも
母マリアでございます。

こんな過酷な人生を
どのような思いで過ごしてきたのだろうと思うと
胸つまされます。
神に選ばれし女性とは、ただ清いだけではなく
強靭な魂であったと思われます。


聖母マリアについての伝記はなく
その後の生涯についてもほぼ分かっていないのですが
おそらくは他の弟子たちと同じように
聖霊が下って神の力を得て
あらたな使命とともに
そして
何らかの秘密を守りつつ
静かに人生をを終えたのではないでしょうか。


11人の弟子の内
処刑されなかったのはたった一人ですが
マリアも処刑の記録はないようです。
しかしながら、当然生涯命は狙われていたと思いますよ!


ひとりの女性としては悲劇の人生でも
キリストの母として栄光の頂点にいらっしゃる聖母マリア
クリスマスはやはり
「マリア様、お疲れ様でしたぁ~(^O^)/」の想いを込めて
マリア様の栄光を称えたいと思います!


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by akikomoriya | 2017-12-18 19:52 | おしゃべり

歓喜せよ 歓喜せよ

クリスマスツリーのオーナメント
胡桃の中の聖家族♬

新約聖書の物語は
どこを切っても美談で
どれをとっても絵になる。

数々の予言と
天使ガブリエルによる受胎告知
星のお導きに従って
聖母マリアが馬小屋で出産
そしてたくさんの愛の教え
やがて
十字架貼り付け、奇跡の復活昇天
それに続く
弟子たちの激しい殉死の足跡

物語の全体は奇跡や思いがけない展開に満ち満ちて
それがキリスト教の魅力のひとつなのかもしれません。

さらには犠牲や清貧
愛は寛容、愛は奢らず・・・
というイメージの強いキリスト教ですが
実際聖書全体の中で最も多く使われている語彙は
意外にも「喜べ」という一言です。

ベートーヴェンの第九「JOYFUL JOYFUL」のように
神が人に最も求めておいでなのは
この人生を喜ぶことなのだと思います。

時に愛は忍耐であり
哀しみであり
犠牲かもしれず
試練の連続かもしれない人生でも
その試練を喜びをもって受け入れ
身に起こる全てを喜ぶことが
聖書のテーマなのだと
最近になって思うのであります。

今日はマリナートで第九の演奏があります。
知事が棒を振るらしい・・・
「喜べ喜べ」…の調べを
堪能してこようと思います。

ではでは今日も一日
美しい地球は一人一人の掌の中に!

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by akikomoriya | 2017-12-16 12:31 | 想い出つらつら

マリア様の想いで

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日一日と冬に近づく空気感を楽しんでおります。

クリスマスも近づき
今年は久しぶりに教会のミサに行ってみようかなと思っています。


初めて見たものを母と思うアヒルの子の刷り込みのように
カトリックの世界で育った私は
生きるベースがやはりカトリックなのだと
最近しみじみ思います。

日本画をやるようになって
日本文化を研究し
神社フェチになって
記紀万葉を読みあさり

・・・しかしながら
ひと皮むけばやっぱり自分は
「マリアさまの子」であることは
自分自身が一番よく知っています。

キリスト教はとにかく他への関心が強くおせっかいであります。
他の為に祈り
他の為に労を惜しまず
上着を求められれば
おせっかいにも
下着もあげなさいという
なんとも厳しい愛の教え。

さらには
自分を陥れ殺そうとする敵のために祈れという
まったくもって
人を憎む隙も与えない
なんともかとも厳しい許しの教え。

小学生の頃、教会で学んだことを母に言ったら
「普通はそんなことできないわね~ママには無理!」と一笑された。

あれから本当にいろんなことがって
憎みたい事、恨みたい事、呪ってやりたい事、復讐してやりたいこと
忘れがたい心の傷を嫌というほど負って
それでもまぁなんとかこうして生きていられるのは
子どものころ刷り込まれた
絶対的な愛と許しの教えのお陰かもしれないと
最近ふと思います。

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十字架に貼り付けにされてもその人たちの為に祈り続け
さらには死に至ったのち
3日後に蘇り昇天するという
激しく、ドラマチックな展開を根拠に
キリストの教えは
2千年たった今も全世界の人々の心をとらえ続けているのだと
そう思います。


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by akikomoriya | 2017-12-15 18:17 | 平和な世界を求めて

微笑みの天使

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浜岡の個展で、意外にも人気だったのが
磐田カトリック教会付属幼稚園に寄贈した天使の絵。


後で聞いたことだけど
この絵の前でいつまでも動かないご夫妻がいらしたとのこと。...
17年前に事故で亡くなった娘さんのことを
「ここにいた!」と涙を流しておられたと。


この17年
気持ちが晴れることなく…
でも娘は今こんなに元気に笑っていて
自分たちも頑張らなくては
と話しておられたとのこと。


そのお話伺って
涙が止まらず、また心から有難く思いました。

お顔の感じが似ていたのかもしれないけれど
もしかしたら本当にその娘さんの魂が
その日そこに降りていたのかもしれない、と
ふと思ってしまった。


絵は所詮「モノ」。
物質である以上いつかは消えていく。
全身全霊掛けて描くけれど
いつかは朽ちて捨てられ消滅するくらいの軽やかさをもって考えている。


けれど
「モノ」には必ず魂や精神が宿る。
それを「形霊(かただま)」という。
あるいは縁に触れ
おなじ波動を持つ霊が、そこを「依り代」として宿る。


モノと霊の不思議な関係を
その素晴らしさも、怖さも、何度も何度も見てきたので
今更疑う余地もなく
私は確信持って信念をもって
絵という「モノ」を生み出したい。


自分の絵がよいよい「依り代」であるように
またよりよい「形霊」を発動するように。


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by akikomoriya | 2017-12-08 21:21 | 日本画

ジャポニスムふたたび 32話

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~ ~静岡新聞 月曜日朝刊です~ ~

ジャポニスムふたたび

武士道「美学」いまも心の指針
                         日本画家 森谷明子

 新作の公開を目前にした映画「スターウォーズ」だが、日本の時代劇から影響を受けたことが知られている。ビジュアル的には戦国の甲冑や柔道着、刀剣、歌舞伎の隈取、花魁などを彷彿とさせ、ストーリー全体にも、日本の武士道を意識した展開が各所に見られる。実際海外では、「禅」や「武士道」といったより精神的な日本文化に興味を持つ人々が増えているという。
現代の日本で、武士道の精神を日常生活で体験することは難しい。とはいえ、かろうじて「武道」という領域で、日本の武士道の心意気を垣間見ることができる。
 そのひとつの例として、剣道、弓道などに見られる「残心」がある。それは勝敗が決まった瞬間の立ち居振る舞い、表情、心持を厳しく制約している。勝利の瞬間、勝どきをあげ歓喜したり、逆に敗北の瞬間、怒りやくやしさを露わにすることは、「残心」の心意気に反する。どんな人でも思わず心が乱れるであろう勝敗の瞬間、自分の感情を客観的にコントロールし、不動心を維持するという精神修養がそこには求められる。
 武士道には、刹那的な勝敗や肉体の存続よりもはるかに価値ある「美学」がある。その美なる風景とは、喜怒哀楽、慢心や驕り、そして恐怖心といった波立つ感情を律した、風もない湖面のような静やかな平常心である。日本の技は「道」と呼ばれる。そのゆえんは、本来宗教を通して体得すべき境地を到達点としているからであろう。
 武士による封建社会を打ち破り、自由と平等を求めて明治という時代がはじまった。しかしながら、否定されたはずの武家社会の「道」は、打ち捨てられるどころか尚一層、日本人の心に指針として存続し続けている。そうした矛盾に気付くこともなく、我々は当然のように時代劇を見て、在りし日の「道」のありようを追憶しているのである。


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by akikomoriya | 2017-12-06 23:23 | ジャポニスムふたたび