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幸ハウス

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今日は「幸ハウス」という
癌になった方やそのご家族を支援する施設に行ってきました。
サポートする側の学びとして
「傾聴」のワークショップがあり
今日はあらためて「聞く」という行為について...
じっくり考えることができました。


例えばチョコレートケーキを乗せたお盆が
うっかりひっくり返るとする。
Aさんはひどく落胆し場合によっては相手を責めるかもしれない。
Bさんは寛容にとらえてまあまあとその場をなだめる。

表面だけ見るとBさんの方が好ましいように思える。

でも
その内面を見たとき
Aさんはケーキをすごく楽しみにしていて
Bさんはそれほどケーキが好きでなかったとする。

そうなると
大切なのは怒っているか寛容であるかの表面ではなく
その人の心が何を求めているか、だという。

つまり
「チョコケーキ、本当に大好きだったんだね」
「それで辛かったんだね」
を共有することで
Aさんは癒されてゆく。

「聞く」ということは
ただ解決策を見つけることではなく
非難したり
常識で片づけたり
相手を教育することでもなく
「あ~わかるわかる、私もそう」と自分の物語を語り始めたり
むやみに共感するものでもない。
目も合わせず他のことをしながら
話をさっさと切り上げさせたり
話題をちゃかしたりはもちろん論外。


大切なことは
その奥にある「満たされていない気持ちや感情」
に寄り添うこと。
それを「話し手」と「聞き手」が共有すること・・・
と、これらを実際ワークショップで体験するものだった。


ワークショップをしながら
最近私は落胆したり不快に思うことが増えたなと思った。
それは寛容でないからではなく
相手が大切な人であったり、大切なものであるからこそ
腹が立つんだと思った。
そして
その気持ちを共有されることなく
「小さなこと」として軽んじられるから
最近
何となく寂しく、漠然と落ち着かないんだなと思った。



「聞く」って本当に大切なこと。
人間にしかできない技だなと思う。
自我を捨てて心から相手と同化し
相手の話を聞く。
それって
まさに神の姿なのかもしれない。


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by akikomoriya | 2018-02-16 09:16 | おしゃべり

日本の僧侶に憧れたゴッホ

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12日月曜日 静岡新聞朝刊
ジャポニスムふたたび

日本の僧侶に憧れたゴッホ             森谷明子



 幾つかあるゴッホの自画像の中でとりわけ奇妙なものといえば、頭髪を剃った釣り目のゴッホ、タイトルは「ボンズ(坊主)」。ゴッホは熱烈な日本文化の愛好家であり、いつの日か日本に渡り、日本の「お坊さん」になりたいとさえ言っていた。
 当時出回っていた浮世絵や日本に関する出版物等を通して、ゴッホは自分なりの「日本」に対する洞察を深めていたのだが、彼は日本人を「紛れもなく賢者であり哲学者で知者である人物」「自身が花であるかのように自然の中に生きる」と讃えている。その理想の典型として「ボンズ(坊主)」をイメージしていたのであろう。
 このイメージを「妄想」と一笑することは容易いが、たとえば、桜を追い求めた西行などは、賢者であり哲学者であり、花のように生きた人だと言えよう。それはまた良寛しかり、兼好もまたしかり、である。
 さらにゴッホは、日本の芸術家たちがお互いに作品を交換したり助け合っている、とも言っている。残念ながら絵画の世界でそのような習慣があったとは確認できないのだが、少なくとも和歌俳諧の世界では、「歌会」や「連歌」など、まさに互いの作品を鑑賞しあい、磨き合う文化が存在していた。果たしてゴッホがこういう和歌俳諧の世界を知っていたかは今となっては知る由もないのだが。
 つまるところゴッホが憧れた日本像とは「人と自然、人と人」が共に理解しあい尊重しあって生きる世界であろう。イメージの中で膨らみすぎた日本への憧憬は、ゴーギャンとの友情に過度な期待を抱かせ、二人の共同生活の破綻の一因ともなっていくのであるが、ゴッホが夢見た「自然とともに、人々とともに」生きる「ボンズ」な世界は、決してありもしない妄想ではなく、かつての日本に確かに存在していた世界であると私は思っている。

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by akikomoriya | 2018-02-13 22:02 | ジャポニスムふたたび

羽鳥のおばあちゃん

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昨日の投稿で
「ご祖母様は何の先生だったの?」の質問があり
はい、小学校の先生をしていました。

貧しい生徒を引き取って
自分の子として育てていたので
産んだ子供は4人でしたが
家にいる子供は5人。


そんな風にしてどんな事に対しても
多分、人助けをしているという自覚もないままに
当たり前のようにクルクルと
心も体も動かし働く人だったのだと思います。



ただ・・・
旧家の家付き娘にはありがちな
苦悩の連続の人生であったことは
家族の誰もが知っていること。
お陰様で
胃がんが発見されたときはとんでもない手遅れで
あっという間にあの世に行ってしまった。



忍耐や不条理を常として笑顔で生きること。
それは確かに尊敬に値する生き方かもしれない。
でもそれは一方で
自分の心も体も傷つけてしまう。
避けようもない運命という名の矢の雨の中で
どうしたら生き生きと
自分を傷めずに生きていくことができるのだろうと
祖母のことを思う時、いつも考えてしまいます。

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多分
その矢の雨の中を生き抜くためには
しっかりと鎧を身に着け
鎧に守られて生きるしかないのだと
最近思うようになりました。
それは「守られている!」と信じて
感謝する分だけ
強固になっていく鎧。



どんなに矢が飛んで来ようとも
こちらが傷つかなければ無かったも同じ。

今の私がこうして元気に生きているのも
おばあちゃんやご先祖様に
確かに守られていると確信できる
その鎧のお蔭なのだと思います。



あらためて
おばあちゃん有難う、と思います。


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by akikomoriya | 2018-02-08 19:05 | おしゃべり

祖母の命日

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ようやく立春を迎えて
今日2月5日は祖母の命日でした。
洞慶院の梅も
いつもは咲き始めている時期なのに
今年はまだひとつも咲いてなくて

...

その代わりに
茶室の庭の蝋梅が
眩しく光を集めていました。

お墓参りは気持ちが落ち着く。

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平日の昼下がり
周りに誰もいないことをいいことに
とりとめもなくおしゃべりしている自分がいました。

今でも羽鳥のあたりを歩いていると
森谷先生(祖母)に似ていますね、と声をかけられます。

何気ない日々のなかで
あ、また導いてもらえた
ああ、またおばあちゃんのお蔭で救われた
と思うことが多々ある。
いつもいつも見ていてくれて
本当に有難う・・・

春は黄色から、と言いますが
蝋梅の透明な花弁が
なんとも香しく

ではでは明日も一日
美しい地球は
一人一人の掌の中に!


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by akikomoriya | 2018-02-06 19:53 | おしゃべり