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STEP BY STEP

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先日お嫁入した「花笑ふ」の小品です。
ちょっと画面切れてますが
実際はメジロ三匹います。
今年は桜の絵をたくさん描いています♬

さてさてお知らせです♬
しずおか信用金庫のHPの「STEP BY STEP」というコーナーで
私の画業について紹介してくださいました。
とても恥ずかしいですが
子どもの頃からの思い出や
仕事と家庭の両立など
あれこれおしゃべりいたしまして
担当の方がとてもとてもきれいな文章に仕上げてくださいました♪
・・・有難い・・・

自分を客観視するよい機会にもなりました。
お時間ある方ぜひのぞいてみてくださいませ♬
HPの下の方の「おすすめコンテンツ」から入れます♬

ではでは明日もまた
笑顔いっぱいのすがすがしい一日をお過ごしくださいませ!


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by akikomoriya | 2018-08-28 22:46 | おしゃべり

みなさまのお作品

SBS学苑日本画教室のみなさまのお作品です。
この猛暑の中
みなさま重いお道具をもって通ってくださり
本当に申し訳ないです。

ではでは早速
本日最初にご紹介するのはベテランのHさまです。
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Hさまはデッサンがしっかりしていらっしゃるので
何を描いても安定感があります。
白っぽい背景に白い花というのは
とても難しいのですが
微妙な陰影をつけながら
上手にまとめてくださいました。
渋めの水彩額が似合いそうです。
本当に素敵・・・

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いつもエレガントなMさま。
ローズピンクがお好きで
いつも作品のどこかにこのお色目が入ります。
今回は偶然の成り行きで
背景にうっすらローズピンクが・・・
微妙な色合いがとても素敵です。

ふんわりした背景に
切り取ったようなはっきりした花びらが浮き立ちます♬
今回ガラスの表現も頑張りました。
ちょっとアップで・・・
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淡い胡粉を重ねながら
ガラスの乱反射の様子が表現できました♪
みなさん、どんどんお上手になられます♬


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富士山大好きなNさま。
富士山はもう何枚くらい描かれたのでしょう?
直線的な富士山と
しなやかな曲線のコスモスが対照的で
よい感じです♬
お空を薄曇りにさせたことで
コスモスも富士山もどちらもよくおさまりました♪
コスモス、可憐でいいですね~( *´艸`)

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お忙しいのによく頑張っておられるNさま。
背景のふんわり感がよいですね!
横一の鬼灯と
手前に広がる貝殻たち
面白い構図です。
さらに
貝殻の表現が本当にお見事です。

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日本画の胡粉は貝殻の内側の白い部分からとっているので
貝の表現は日本画画材は向いていると思います。
貝の巻き込んでいる感じも上手にできています♬
素晴しい!

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Nさま
ご自宅でも頑張って描いてこられました♪
骨貝、細い線もキレイに描けました。
背景がまたいいですね~!
深い群録が海の底を連想させます・・・
おしゃれです!

さてさて
来週は八月最後のお教室です。
少しでも涼しくなっているといいのですが!

では次回また
お楽しみに~( *´艸`)



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by akikomoriya | 2018-08-21 19:29 | SBS学苑 日本画教室

ジャポニスムふたたび39話

20日静岡新聞朝刊です。
ジャポニスムふたたび 39

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芭蕉が説いた「誠の表現」



森谷明子


「松のことは松に習え 竹のことは竹に習え」

作句の心構えとして知られる松尾芭蕉の言葉である。様々な解釈があるものの、俳句を作るには技巧云々ではなく、松と自分が一体化すれば、松の句がおのずと湧き上がり、竹と自分が一体化したところから、竹の句ができあがる、といった意味であると私は理解している。対象(自然)との一体化。それは俳句のみならず、日本的な表現全般において共通する指標であろう。

ただその「自然との一体化」とは、口で言うはたやすいが、いかにして一体化すべきか?そもそも人間と自然が一体化できるか?芭蕉によれば、自然と自分が二つに分かれている状態は「誠」ではないという。それは「私意のなす作為」であると。これはなかなか手厳しい。

ところで西洋の美とは長い間、目に見えた世界を忠実に再現することであった。科学的で合理的な技術に支えられて、見えたものを、見えたとおりに再現する。また中国の美とは長い間、精神修養を収めた高僧が、絵や書にその精神性を託すことに価値があった。精神という目には見えない世界がそこには込められた。

だが、日本の場合、技術や精神修養よりも大切なことがある。それはただ「一身に心に感じ入る」ことである。しかしながらこれが意外に難しい。

我を忘れ、時を忘れ、自分というものが全く無くなってしまうほど対象に魅せられる、その一体感が、人に和歌や俳句を詠ませ、物を作らせる。

確かに技術さえあれば、深い感動はなくとも見栄えのよい絵は描ける。しかしそれは芭蕉にいわせれば、「私意のなす作為」となる。「誠にあらず!」と芭蕉に一喝されることになるのだ。

日本文化とは奥が深い。美しいものを前にして我を忘れて見入る、その淀みなく曇りない「人の心」の素直さが、日本文化の「誠」であると私は思う。



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by akikomoriya | 2018-08-21 19:11 | ジャポニスムふたたび