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ジャポニスムふたたび72話

早くも梅雨入りです。

皆さまいかがお過ごしでしょうか?

今年は季節のめぐりが早いですね。

月曜日朝刊に掲載されました「ジャポニスムふたたび」72話です。

毎度の食事の「いただきます」の際に、ちょっと一呼吸。

少し意識することで、日本人の感覚を取り戻すことが出来ますね!


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『神々の命賜る「食べる」儀式』


日本語の「たべる」の語源は「賜る」である。「たべる」「賜る」「いただく」は、いずれも尊い存在から与えられることを意味している。

一方で、英語の「eat」は、「噛む」ことを表す語から転じている。「eat」に近い日本語は、「たべる」ではなく「くう」である。

本来、日本人にとって「たべる」という行為は、八百万の神々の命を賜る神事であった。「いただきます」を意識して食事することは、消え残る日本古来の世界観を日常の中で体感する貴重な機会となる。

まず、テレビを見ながら儀式をするのでは礼に反するため、テレビを消し静寂の中で神(食べ物)と向き合い、呼吸を整え「いただきます」と手を合わせる。

また、自分と神の間に箸を置く。箸は「結界」である。

次に、箸の結界を解く。箸は神器であるため心して扱う。右手で上から箸をとり、左手で下からそれを受け、さらに右手を滑らせ持ち替える。

そして神を乗せた器を左手に取り、箸で丁寧に賜り、口に運ぶ。食べることで神の命を受け継ぎ、ついに神と人はひとつになる。

さらには天地の恩恵と人々の労に感謝し、自分の命と世界とのつながりに思いを馳せながらいただき、最後にふたたび箸を箸置きに納め、合掌とともに神事を終える。

毎度の食事とは言わずとも時間に余裕のある時に「いただきます」の意味を考えながら、丁寧に箸の結界を解き、神と人との一体化を感じながらゆっくりと食事をいただくならば、それが日本の心を日常に蘇らせる、ひとつのきっかけになると思う。

欧米では「いただきます」と食べ物に手を合わせる習慣が無い。英訳しにくい日本語のひとつである「いただきます」の心を、昨今の日本食ブームに乗じて海外に伝えられたらと思う。


# by akikomoriya | 2021-05-18 22:14 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび71話『美を支える自由と畏れ』

ジャポニスムふたたび71話『美を支える自由と畏れ』_e0240147_23421511.jpg
ジャポニスムふたたびも今月でついに5周年です。静岡新聞と応援して下さった皆様に心より感謝申し上げます!

今月は、表現の自由の名のもとにあらゆる表現が氾濫する現代という時代に辟易する思いから書きました。

表現とは本来もっともっと神聖なものだったはず…ではないですか?私はそう思うのですが。
美を支える 自由と畏れ  

19世紀末のジャポニスムにより日本が世界に与えた影響は計り知れない。鮮やかな色彩、感動をあらわにした大胆な構図、抽象的表現、装飾性…。写実表現を中心に発展してきた西洋芸術は、約50年にわたるジャポニスムを経て、様々な表現を日本から学びとった。

「人間はもっと自由であっていい」。それは日本が西洋にもたらした最高の贈り物である。

しかし、19世紀末から今日に至るまで、いまだ世界に開示されていない日本的表現があるとしたら、それは表現そのものへの「畏れ」である。人間の吐き出した言葉が霊力を宿して具現化する「言霊」。あるいは人間が作り出したモノに命が宿る「形霊」。日本人は表現の自由を謳歌する一方で、不用意に表現することを慎み畏れた。

一枚の絵は、決してただの絵ではない。花の絵には蝶が止まり、襖に描かれた海は畳に満ちる。彫られた龍は水を求めて夜毎さまよい、人形には魂が、仏像には仏が宿る。だからこそ、畏れをもって表現活動を行う。

日本人が、森羅万象取り巻く世界のすべてを「八百万の神」とみなすことはよく知られているが、自らの語る言葉や作ったモノさえも神聖視し、畏れることは、海外ではほとんど知られていない。それは、華やかな19世紀末のジャポニスムの中で置き去りにされた、日本文化の礎石である。

「表現の自由」と「表現への畏れ」。この絶妙なバランスが、日本文化の美を支えている。

あらゆる表現がすでに出尽くしたかのようにも見受けられる21世紀の芸術表現において、表現そのものを神聖視する「表現への畏れ」という概念は、むしろ面白いのではないか。

「表現の自由」と「表現への畏れ」。それを伝えることが、最後に残された21世紀のジャポニスムではないかと私は考えている。

 


# by akikomoriya | 2021-04-20 23:44 | ジャポニスムふたたび

ジャポニスムふたたび「守られているお陰様の国」


一気に花が咲きはじめ
スケッチが全然間に合っていません。
毎年この時期は忙しい・・・
日本は春に新年度が始まる。
4月スタートという習慣は
割と最近のことらしいけれど、
自然世界とともに新年度がが始まることは
本当に有り難く、嬉しいこと!
お陰様の恩恵とともに、また新しいスタートを切ろう!

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「その後体調はいかがですか?」「最近お仕事はどうですか?」等の気づかいに対し、多くの日本人はまずは「お陰様で…」と答える。

「お陰様」とは、なんらかの恩恵を受けているという感謝の言葉であるが、その「お陰様」が一体誰のことなのかは、実はよくわかっていない。

「陰」である以上、目に触れ耳に聞こえるはっきりした存在ではなさそうだ。しいて言えばご先祖であったり、あるいは神仏であるかもしれない。しかし、そう深く考えることもなければ問われることもないのが「お陰様」である。

ところで、アイヌでは、すべての人に専属の「憑き神(つきがみ)」がついていると考えられている。誰もが生まれてから死ぬまで「憑き神」に守られながらともに生きる。いつも一緒だから自分の憑き神にだけは嘘を付けないことになる。また仕事がうまくいっても「憑き神」と共同で事を成したと考える。

日本人の「お陰様」は、このアイヌ文化の「憑き神」に由来するのではないかというのが筆者の持論であるがどうだろう。

逆境に立たされる時も、まずは「お陰様」とともにいると思えるならば、多少なりとも明るく感じられる。あるいは追い風に乗る時にも、天狗にならずに平常心でいられる。

「神、共にいまして、行く道を守り」はキリスト教聖歌の一節だが、守護してくれる存在を想定して信じることは、人を安心立命の道へと誘い、どの宗教にも共通する基本事項である。日本ではこうした信仰の形が、信じるか否かを問う以前に、生活文化として沁みついている

あえて何かを信じなくても、日本人にはいつも何者かに守られているという思考が日常の中に生きている。それが当たり前のように継承される日本とは、実は本当に有り難い、まこと「お陰様」の国なのである。


# by akikomoriya | 2021-03-22 09:01 | ジャポニスムふたたび

みなさまのお作品♬

久しぶりのSBS学苑の皆さまのお作品です♬
今回は富士山の絵が二つ揃いましたのでまずご紹介いたします。
今年はなかなか富士山の雪が安定しなくて・・・
でも絵の中ではほ~らこんなに雪化粧°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
みなさまのお作品♬_e0240147_00293017.jpg

Iさま。目の調子がお悪いのに頑張っております。
稲穂の色が自然でいいですね!
胡粉はやはり描く直前に溶かなければ
美しい白は出ません。
Iさまの満月、輝いております°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
またこの絵のよいところは、背景の色味です。
背景の緑がかった空が稲穂の黄色と満月の光りによく似合います。
ちょっとしたことで、作品はぐ~んとよくなります。
満月と富士山と稲穂・・・なんともめでたい静かな夜。
銀の額が似合いそうです・・・
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お次はNさま。
安倍川の右岸から見た富士山。
昔は家も少なく、こんな風に見えたのでしょうね。
今は人家の屋根がごちゃごちゃしていますが
思い切って省略しました。
富士山の雪の部分の描き方が大変好感が持てます。
シンプルだけど輝いて見えます°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
富士山の青と松の金がすっきりと見えます。
なんとも爽やかなお作品です!

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Sさまのコスモス。
コスモスは実は難しい。
形も取りにくいし、自然な揺らぎを捉えるのは大変なこと。
でもSさまのコスモスは生きている感が凄い!
Sさまのお作品の特徴であります。
ふと蝶が止まりそうなコスモスであります・・・素晴らしい💛

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確かなデッサン力のHさま。
お品のよいグレーが特徴です。
ポピーの茎はぐにゃぐにゃしているのが面白いところ。
ありのままにとらえてくださいました。
自然を観察し、自然の形をなぞらえることで
その命を頂いていると感じます。
花を描くことで、花の命を頂いている。
この作品からもそれを感じます。

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続けておいしそうなTさまの葡萄です!
ざるを描くのは大変ですが
楽しんで取り組んでくださいました。
竹ひご一本ずつ、色を変えてくださって
温かみが伝わります。
呼吸を整えて丁寧に制作して下さったことがわかります。
見ている方も、心が鎮まります。

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お次はお人形さんをふたつ!
お母さまの忘れ形見、和紙人形を描いて下さったKさま。
大切なお人形をお教室に持ってきてくださいました。
入会したころより、絵の具の扱いが随分お上手になりました。
本当にお上手になられました。
地道にデッサンもされているので
形の取り方も安定してきました。
お母さまもきっとお喜びでしょう°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
優しい和紙人形・・・

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最後はまたまたNさま♬
あっという間に仕上げてくださいました。
朱の上の金が映えますね!
また緑との相性もばっちりです!
異国のお土産、不思議感とほのぼのさがよく出ています。
お上手!

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さてさて本日最後のお作品!
Uさまのワンちゃんです!
Uさまのお作品は、なぜかいつも思いがけない展開で仕上がります。
そしてほのぼの・・・
顔彩を使いながら、わんちゃんの毛色にこだわりました。
またぜひワンコちゃん飼ってみてください!
さ~明日も元気に日本画教室でお会いしましょう~°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°



# by akikomoriya | 2021-03-03 01:01 | SBS学苑 日本画教室

ジャポニスムふたたび69話 和歌に見る感受する力

ジャポニスムふたたび69話 和歌に見る感受する力


数学はもっとも採点しやすい科目であります。
国語はもっとも採点しにくい科目であります。
芸術表現や創造的な学問領域は採点は不可能であります。
採点不可能な分野は出題されない。
出題されないと学ばれることがない。
それは本当に恐ろしいこと・・・
まったくもって、ひとでなしの世であります・・・
~ ~ ~ ~ ~

進化の過程で猿と人とを分けた決定的な能力は「創造力」であるという。

そして、その「創造力」を支えているのは、何かを見て「ああ!」と感嘆する「感受する力」である。

この能力を鍛えていかなければ、花が咲こうと花が散ろうと、あるいは人が生まれようとも死のうとも、何とも思わぬ人でなしが増えるばかりである。

心の内に感度のいいアンテナを持つことは、人間をより人間らしくせしめ、人間社会を安定させる。その一方で、この「感受する力」は、鍛えなければ愚鈍なままで発達しない繊細な能力でもある。

かつての日本では、和歌を詠むことが最高の教養とされていた時代があった。実は、和歌を学ぶことによって、この「感受する力」を鍛えることができる。歌を詠むためには、(表現し創造する以前に)見聞きし肌に触れるすべてを、深く感じとる能力が問われるからだ。

また、万葉集の中には、采女や防人、地方の農民といった一般庶民が、宮廷歌人や天皇と同じように登場する。それは「国民総詩人」ともいうべき有様である。「感受する力」の学びを、国民全体で共有するという驚くべき文化力。その文化の力こそが、この国の豊かさを支えてきた。

ところで、「テスト」や「試験」というものは、確かな学力の定着を促し、確認するために行われる。しかしながら、50万人もが受験する大学入学共通テストで、個々の「感受する力」を正確かつ平等に数値化するなど、ほぼ不可能であろう。

何が書いてあるかを読解し思考することよりも、まず優先して鍛えなくてはならない能力がある。それは、流れゆく雲から、蕾のほころびから、沈黙から…何かを感じ取る力。

大学入試で「今朝の空を見て一首詠みなさい」という問題が出題されるような、そんな日本国でありたいと、私は思う。

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# by akikomoriya | 2021-03-03 00:36 | ジャポニスムふたたび